40代の56%がリストラ不安を抱えている

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■ゴマをする東大法学部卒

日本の労働市場は非常にあいまいだ。医師と弁護士と公認会計士という業務独占資格以外に、明確な指針となる能力が、実はまったくない。多くの勤め人は、いったん組織を離れると何をやっていいかわからなくなる。

組織の内外を問わず、生き残りに最も有効な能力とはいったい何だろうか。

定量的な能力よりは定性的、数字や型では測れない能力のほうが大切だということは、誰もが薄々感じている。一言でいえばコミュニケーション能力だ。ただ、コミュニケーション能力とは何ぞや、と問われても、結局のところわからない。どこでも円滑な人間関係を保って生きていくために必要なのは、コミュニケーション能力の中でも「ゴマすり」の力だと私は考えている。

ゴマすりにはネガティブなイメージがあるが、実はポジティブな技術なのだ。厚生労働省に在籍していた頃、周囲では東大法学部卒でも何でも、自分に自信のある人、心に余裕のある人はみんな平気でゴマをすっていたし、そういう人はゴマすりではなく「したたかだ」と評された。逆に、自分の市場価値に自信がない人ほど心に余裕がなく、ゴマすりを卑屈だと見なすようだ。

そもそも、これだけうつ病が蔓延し、自殺者の多い世の中では、生き残りこそすべてであり、そのためにゴマをするのは恥でも何でもない。仕事さえ進めばいい、と割り切れば、その環境整備のためにほんの少し自分のプライドを折り曲げても、さほど苦痛はないだろう。ゴマすりのおかげで思った通りに物事が動けば、意識も変わる。

ゴマすりの技術を磨くことで身につく能力は数多い。まず、効果的なゴマすりには洞察力が必須だ。同じ言い方をしても、気分をよくする人もいれば怒る人もいる。本気でゴマをすろうとすれば、自然と相手がどういうタイプかを見極め、対処する力がつく。

拙著『悪徳官僚に学ぶ戦略的ゴマすり力』でも触れたが、例えば小心者の相手には「大丈夫です」と安心させることが有効だ。権威主義タイプには、物事を権威ある第三者の弁として伝える。猜疑心が強ければ、慎重に選んだ褒め言葉を何度も繰り返す。頭の回転の速い人はひたすら素直に正攻法で。威張り散らす相手には素直に感動してみせる。太っ腹タイプには依存する……という具合だ。

身につく能力は、洞察力だけではない。相手を気遣い、相手の立場に立って考える習慣が身に付き、プレゼン力のアップにも繋がる。これこそ、生き残りに最も役立つ能力ではないか。今まで正面から取り上げられなかったのが不思議なくらいである。

役所勤めの頃の我々の仕事は、政治家や業界を巻き込み、みんなに納得して同意してもらわないと仕事が進まなかった。皆に納得してもらうために、様々な形でコミュニケーションを取る。その1つがゴマすりだ。自分の力だけで物事が進む世界などないはず。ゴマをすることで皆に気持ちよく納得し、働いてもらうのだ。

その際に必ず意識したのは、まず自分たちの案があって、それを通すためにどうするか、ということ。ここは絶対に忘れてはならない。ゴマをすって妥協を重ねて、気がついたら立ち回りできなくなっていた、ということはよくあるが、絶対に避けるべきだ。

自分の立ち位置と、やりたい事案。この2つを忘れたゴマすりは本末転倒であり、ただの提灯持ちだ。ゴマすりにはまず目的があることを忘れてはいけない。リストラを怖がるあまり、自分の軸を持たず、受け身でゴマをすって窮地を打開しようとするのは、精神的にきついだろう。

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兵庫県立大学大学院教授 
中野雅至  
1964年、奈良県生まれ。同志社大学文学部卒。90年、旧労働省(現厚生労働省)入省。2004年、兵庫県立大学助教授。10年より現職。

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(兵庫県立大学大学院教授 中野雅至 構成=西川修一 撮影=浮田輝雄)