いわき駅前の風景。

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■なんか、旅してるかんじです

「今年は自分探しの年なんです」と語った磐城桜が丘高校普通科2年生の鈴木雅史さん。「語学関係」の仕事がしたいと思っているが、まだ具体的な職業のイメージはない。「小学校のときに、ちょっと新聞記者とか思ったりしたことはあるんですけど——」。では、こういう質問をしてみましょう。たとえば新聞記者になるとします。どういうことを学べばいいと思いますか。

「とりあえずいま、情報を集め中というかんじで、新聞とかテレビとかを積極的に読んだり見たりするようにはしています。あとは、その職業の人はどういうことをしてるのかを実際に感じることが、やっぱり今はすごい大事だと思ってるんで。なんか、旅してるかんじです」

4年制大学を出ることは前提になりますか。

「学校が一応進学校ということになっているんで、大学は行くという流れなんですけど、ほんとうに自分がやりたいことが大学に行く必要がないものだったら、その場合は行かないっていう選択肢もあるでしょうけど……。今は本当にぼんやりとしてて、『とりあえず大学はどこか行くだろうから』みたいな形で勉強はしてます」

取材で会った「TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」参加者の多くは、具体的な将来像を話す。それは、3週間の合州国短期留学に行こうと自ら手を挙げた高校生たちの集団だから生じる傾向だろう。だが、「TOMODACHI〜」参加者の中にも、将来の職業観がまだ具体化していない高校生は何人もいる。鈴木さんもそのひとりだ。取材から2カ月後、鈴木さんにメールを送ると、次のような返事が返ってきた。

「現在、大学進学や家庭の経済状況などの事情から、先生がいいかなと考えています。一言でいうと現時点では『教師(社会科希望)』の予定です。以前申し上げた国際教養大学で英語を学んで——という選択肢もありましたが、いつ考えても遠い世界のように感じてしまって……。親や親戚からも公務員がいいんじゃないか、という話もされていて……(笑)。前回とは大きく変わった内容の話になってしまいました。自分自身将来どの道に進んだらいいのか、何が正解なのかが分からなくて……。正解というのは歩いてみて、振り返った時に満足できるような道だと思い、結局はどの道を選んでも自分なりに満足はするのかもしれませんが……。今は生徒会や部活、勉強、今まで会ったみんなの話などに情熱を燃やし、自分にとっての歩むべき道を見つけようとしています」

鈴木さんは「前回とは大きく変わった内容の話になってしまいました」と書くが、高校生の2カ月とはそういうものだろう。鈴木さんが「経済状況」と書いていたので、最後にお金の話を補足しておく。2カ月前に鈴木さんが話してくれた国際教養大学の入学金は42万3000円(秋田県内出身者は28万2000円)、授業料は年69万6000円、初年度負担合計額は111万9000円となる。地元の国立大学である福島大学ならば、入学料28万2000円、諸会費等(学生会費や生協出資金など)が10万8000円(最高額の行政政策学類の場合)、授業料が53万5800円、合計で92万5800円。公立大である国際教養大の学費が、飛び抜けて高いというわけではない。だが、いわき市民1人当たりの平均年間所得は253万円(2009[平成21]年度、『いわき市統計書平成23年版』)、すなわち夫婦共稼ぎで約500万円。あたりまえの話ではあるが、わが子が大学に進むということは家計にとっては一大事なのだ。

では、その「あたりまえ」の日常が激変した高校生の場合は、その進路像はどうなるのか。次に登場するのは、自宅が警戒区域の中にある高校生だ。

■ちっちゃい子好きだし

坂本健吾(さかもと・けんご)さんは平工業高校機械科2年生。陸上選手だったが怪我をして引退。今は自転車(ロードレーサー)に凝っている。「小さい時から自宅近くに実業団の練習コースがあって、親も若いときにやっていたとのことで自転車には興味があったのですが、値段が高く買えずにいたところ、父から高校入学祝いということで自転車を買ってもらいました。本格的に自転車に取り組んだのは去年の4月(注・高校2年生になったとき)からです」とのこと。

福島は競輪王国だ。約3000人近くいる競輪選手の中で福島出身者が115人を占め(ちなみに東京出身は105人)、うち、たった9人しかいない競輪界の頂点「S級S班」に2名の選手がいる。いわき市内には、いわき平競輪場もある。「福島県は起伏が多く、高負荷で練習ができるために、速い選手が多いみたいです」と坂本さん。その環境は、坂本さんがかつて親しんだ陸上競技の世界でも名選手を輩出している。原町高から順天堂大に進んだ今井正人(現在トヨタ自動車九州)、いわき市出身でいわき総合高から東洋大に進んだ柏原竜二(現在富士通)と、箱根駅伝で2人の「山の神」を生んだ地でもある。

さて、坂本さん、将来何屋になりたいですか。

「将来は保育士になりたくて。幼少期の間に、震災について悪いイメージが子どもたちにつかないように、復興につながっていくようないいイメージを学ばせてあげたいなって思ってます。保育士の資格を取るには、最低でも短期大学を卒業しないと資格を受けることができないんで、とりあえず短期大学の保育科に入って、実習なりボランティアなりで経験を重ねて、それで保育士の資格を取ろうって考えてます」

保育科を持つ4年制大学もありますよね。4年制ではなく短大をという作戦の狙いは?

「卒業したあとの2年間の差があるじゃないですか。2年間あったら、現場で働いたほうがお金ももらえるし、キャリアも稼げるしっていうんで、2年制にしてます」

いわき市での取材は市内のファミリーレストランで収録している。すぐ近くの席で、母親に連れられた赤ん坊が大声で泣き出した。坂本さん、こうやって赤ちゃんが泣いてるときは、どうすればいいんですかね。

「めちゃめちゃ難しいですね。親御さんに任せるしかないです」

高校生の坂本さんが「親御さん」ということばを使った。すでにそこには保育士としての職業意識の芽生えがあるように思える。坂本さん、ちっちゃい子の面倒を見ること、面倒くさいとか思ったことはありませんか。

「いえ、ないです。前からちっちゃい子好きだし。甥っ子が今、9カ月なんですけど、好きですね。ちょっとやさしくしてやったら、図に乗っていい気になる? 子どもってそういうもんじゃないですか(笑)。素直でズバズバ言ってくるのが子どもだと思ってます」

坂本さんに、保育士になりたいと思ったきっかけを訊くと、いちどに20人の子どもたちの面倒を見ていたときの話を聞かせてくれた。

(明日に続く)

(文=オンライン編集部・石井伸介)