パナソニック 岡山晃久 1986年、松下電器産業入社。松下精工(現パナソニックエコシステムズ)、松下CEなどを経て、現在、アプライアンス・ウェルネスマーケティング本部商品グループに所属する。

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■商品を通じてカルチャーをつくる

私事で恐縮だが、パナソニックの「ナイトスチーマー ナノケア」のスイッチを入れてから眠りにつくのが日課になっている。

眠っている間にナノイーという素子が皮膚に浸透し、髪や肌に潤いを与えてくれるこの製品、オフィスのデスクに置いて使えるタイプもあるため、いまやプレジデント編集部でも4〜5人の女性編集者が仕事をしながらちゃっかりキレイになっている。

市場でもナノケアの評判は上々。スチーマー商品群は発売以来、高い人気を維持。2010年度の売り上げ台数も前年130%を超える伸びとなっている。

この「ナノケア」シリーズや、携帯用電動歯ブラシ「ポケットドルツ」を開発したチームを率いるのが、商品グループビューティ・ヘルスケア商品チームのリーダー岡山晃久氏だ。

女性向けの美容用品のほか男性用のグルーミング用品や、体脂肪体重計、マッサージチェアなどヘルスケア商品のマーケティングや企画を行っている。チームは岡山氏を含めて全部で20名。そのうち女性のメンバーは8名だ。

現在、順調に結果を出しているが、岡山氏がこのチームを率いるようになったのは2年前(※雑誌掲載当時)。岡山氏はこれまで、空質事業部で扇風機、換気扇の営業などを経験し、その後も空質関係を中心に異動、ビューティ・ヘルスケア商品チームに来る直前は、空気清浄機など空調関係のマーケティングチームのリーダーをしていた。美容商品は専門外だったのだ。

「いま私が担当している商品は、洗濯機や冷蔵庫のように、すでに大半の消費者が持っている普及型の商品ではなく、新たに需要をつくっていかなければならない需要創造型の商品です。そこに難しさ、そして面白さがありますね」(岡山氏)

物珍しさや話題性でヒットしたものの、一過性のブームで終わる商品はたくさんある。そうではなく消費者の生活必需品として定着するにはどうすればいいのか。岡山氏はプロジェクトメンバーへ、自分たちのミッションを次のように伝えた。

「商品を通じてカルチャーをつくろう」

カルチャーをつくるとはどういうことか。それは暮らし文化をつくる、と言い換えることができる。消費者のライフスタイル、生活のシーンまで考えて、商品を根付かせる、ということだ。

たとえばポケットドルツという電動歯ブラシが生まれたのは、電動歯ブラシを担当する、入社2年目の女子社員のこんな一言がきっかけだった。

「岡山さん、私、大学時代はお昼を食べたあと化粧直しも歯磨きもしてなかったんだけど、会社に入ったら女性社員がトイレで歯を磨いている。でもみんなパナソニックの社員なのに普通に手で歯を磨いています。これ、どう思いますか?」

手磨きが電動歯ブラシに切り替わったら、それはカルチャーと呼べるものになる。そこで岡山氏は彼女にこう言った。

「君の独自調査では、OLの6〜7割がランチの後に歯磨きしてるんやな。もしその手磨きを全部電動歯ブラシに替えられたら、あんたはもうヒーローやで」

OLのランチ磨きを意識した結果、ポケットドルツは爆発的にヒットする。化粧ポーチに収まるサイズ、カラフルな色がOLに支持されたのだ。

長年、良く言えば安定的、悪く言えば伸びがなかった電動歯ブラシの市場で、ポケットドルツは10年だけで150万本を超えるヒットになった。またOLのみならず男性にもポケットドルツの購買者が出始める。電動歯ブラシによるOLのランチ磨き、というカルチャーが一気に広がった。

冒頭のナノケアの大ヒットにも女性社員の生活実感が大きく貢献している。もともと美容のためのスチーマーはあったが、暮らしに定着しているとはいえなかった。

そこで岡山氏は、スチーマーの購買層でもある、部下の女性たちに尋ねた。

「君たちは、なんで美容スチーマーを使わないの? お客様は、どんなモヤモヤがあるから、この商品を使わないのか。そのモヤモヤ感を解消してみようや」

こうして出てきた答えは「忙しくて時間がなく手間もかかるため、スチーマーを使い続ける自信がない」というものだった。スチーマーを使うには、タンクに水を入れ15分座って蒸気を顔に当てるだけ。男性にとっては、美容に強い興味を持つ女性たちなのに、なぜスチーマーを使わないのかがさっぱりわからない。

■納得できなくてもある程度任せる

ところが仕事を持つ女性にしてみれば、その15分が惜しい。15分あればお皿も洗えるし洗濯物も干せる。疲れている日はたとえ15分でも余計に眠りたい。だからもしスチーマーを買ったとしても、いずれ使わなくなるのは目に見えている。

「時間がない」「手間がかかる」という理由を払拭するにはどうすればいいのか。そこで出てきた言葉が「ながら」だった。毎日確実にすることと一緒に、スチーマーを使ってもらえばいい。

毎日確実にすることは何か。それは寝ることと働くこと。「寝ながら、働きながら」なら無理せずスチーマーを使い続けることができる。ナノケアシリーズを支える「ながらカルチャー」が誕生した瞬間だった。

「私は空質関係でのキャリアが長かったため、ビューティの家電商品については、恥ずかしながら、いまだによくわからない点も多い。ですから私は女性メンバーにとにかくいろんな提案をしてもらっています。私たちが扱っている需要創造商品の場合、開発者は自分を購買層と想定しながら、たくさんのアイデアを出すことが重要になる。

もともと部署内では、部下の強みを活かすために配置に気を使い、担当も部下たちの強みが出るように考えて割り当てています。ですから私は、彼女たちの邪魔をしないようにして、ひたすら彼女らの10打数3安打に懸けている。『この商品は機能的にもっとこうしたほうがいいんじゃないか』などということは、ほとんど言いません」

自分が美容商品の企画をすると、まず技術面が気になる、と岡山氏は言う。たとえばスチームを浴びることによる水分量の変化など、技術のエビデンス(証拠)にこだわってしまう。消費者が商品を使用するシチュエーションよりも、肌や髪を美しくするための可能な限り最高の技術を求め、それを商品化する、という発想になりがちなのだ。

ところが部下の女性たちは、「岡山さん、100%のエビデンスが出る最高の商品でも、続けられそうもなければ買いませんよ。エビデンスが7掛けでも毎日続けられる商品のほうが必ず受けるって」と言うのだ。

「だから私は納得できなくても、ある程度は任せてしまっています。私が納得するのを待っていたら遅くなってしまう。彼女たちに走ってもらいながら、私はだんだん納得していく感じですね」

それでは岡山氏は部下から上がってくる企画のよしあしをどこで判断するのか。それは「汗を流したうえでの提案かどうか」だと言う。

「当社を創業した松下幸之助は、とにかく情熱と熱意と汗、知恵はそのあと、と言っています。汗と情熱を費やした中で出てくる知恵しか意味がない、と。私もいつもそこを見ています」

「汗をかいているかどうか」の判断に具体的な基準があるわけではないが、岡山氏の判断に迷いはない。

「これは古い感覚かもしれないですが、話を聞いていればわかる。正直、私もいままで手を抜いたり、軽く流そうというときもありました。ですから部下の話を聞けば、どれくらい苦労して提案の裏付けを積み上げたかはわかる。部下が私の意見を聞いてくるときも、情熱、熱意を失っていないか、汗をかいたうえでの迷いなのか、そこを見ています」

またほかにも創業者の言葉を大切にしている、という。

「部下たちが正しい方向に向かっているかどうか迷ったときは、松下幸之助の言葉に戻ります。創業者が唱えた経営理念である、社会生活の改善と向上を図ることに、この商品が役立つのか、を判断基準として大切にしていますね」

■女性社員の思いつきをヒット商品にするコツ

岡山氏は部下の朝の第一声や顔色を見て、「ちょっと今日は、声のかけ方や指示の仕方を変えてみようかな」と思うときもあるという。きめ細かくメンバーの1人ひとりを見ているのだ。かといって無理に女子社員に交ざろうと、一緒にランチを食べたりはしない。

「特に意識してませんが、私は男連中と食べることが多い。彼女らは彼女たちだけで、おしゃべりしたいこともあるでしょう。そのほうが逆に『岡山さん、さっき昼休みにこんな話したんですけど……』と、そこで思いついたアイデアを話してくれることも出てくる」(岡山氏)

そしてそれと同時に心がけているのが、具体的なゴールを言葉で描いて、チームのモチベーションを上げることだ。さきほどの「あんたはヒーローやで」という殺し文句もそうだが、岡山氏は思い切り大きな夢を描くことにためらいがない。ナノケアのときは、こんな壮大な目標を描いてみせた。

いまパナソニックでは、エステ商品はもちろん、ポケットドルツのような電動歯ブラシも「オーラルビューティー」のカテゴリーに含めて、「パナソニック・ビューティー(Panasonic Beauty)」という言葉で1つのブランドにしようとしている。岡山氏は、こう説明する。

「日本に20代から60歳近くまでの女性が、3千数百万人いるとします。そのうちスチーマーを使ってる人は数万人、『ながら美容』ができるなら買いたいという購入意向者は数百万人いるとすれば、日本人女性の何割かがナノケアを持つことも不可能ではない。

そうなったら、パナソニック・ビューティーのブランドが広がって、それはジャパニーズビューティーになり、やがてアジアン、グローバルビューティーとなっていく。そして何年後かに、グローバルビューティー=パナソニック・ビューティーだ、となったときは、あなたが創業者だよ」

女性社員の思いつきやセンス、感性は素晴らしい。だが、それを最大限に引き出すためには「センスは活かすけれど、決して媚びない」ことを心がけている、とも言う。

「幸い私の部下はみんな、商品がヒットしたからといって天狗にはならないですけど、ヒット商品を企画した子はテレビに出たりもする。だから常に彼女らには、厳しい数字を管理するメンバーの苦しさも共有するように言っています」

岡山氏は褒めると同時に苦言を呈することも忘れない。

「もしこれがカルチャーじゃなくてブームで終わったら、来年は一気に地獄。実るほど頭を垂れるナントカやで。ヒットしてるときこそ、俺もおまえも謙虚でいこうな」

いまでこそチームを見事にまとめあげている岡山氏だが、最初はビューティ・ヘルスケア商品は専門外。もとから部署に居たスタッフに、何も知らない人がやってきて、しかも上の立場でいろいろ口を出す、という思いがあっても不思議ではない。それも想定して岡山氏はメンバー1人ひとりと面談することに最初の1カ月を費やした。

「とにかくあなたの知識を貸してほしい、助けてほしいと。カルチャーをつくるために、協力してくれないかというスタンスでした」

面談の中で、スタッフたちに過去に手掛けた商品の特徴を細かく聞いていった。そのとき目にとまったのが、お風呂で使える電気シェーバー。水洗いできるというレベルを超えて、完全防水でお風呂でも使える機能を持っていたが、開発者はそのすごさに気がついていなかった。

しかし岡山氏はそこに着目して亀梨和也さんをCMに起用し、若い世代に向けて「朝、シャワーを浴びながら電気シェーバーを使う」という新たなカルチャーを提案。するとそれまで「おじさんぽい」と若者から敬遠されていた電気シェーバーの市場が若者によって活性化し、その後、中高年の人気も高まったという。

「こう言うと私だけがかっこいいみたいですが、本当にメンバーには恵まれました。面白いことに人間って成功すると味を占める。古くからのメンバーも自然と新しいカルチャーをつくろうとしてくれました」

部下の顔を思い浮かべたのか、岡山氏はニコリと笑った。

※すべて雑誌掲載当時

(長山清子=文 小原孝博=撮影)