もしも科学シリーズ(36):もしも大気が減ったら


地球を取りまく大気は減少している。大気が減れば気圧も下がり、いずれは高山で暮らすのと同じ状態になってしまう。



もしも地球の大気が減ったらどうなるのか?高山病のように頭痛、不眠、脱力感から始まり、体内の窒素が泡立って生命に危険を及ぼす。17分の1まで減少すれば体液が沸騰し、人類は死に絶えるだろう。



■減り続ける大気



地表からおよそ1,000kmに達する大気は、生命に必要な酸素や二酸化炭素を蓄えるだけでなく、隕石(いんせき)や紫外線などから地球を守る重要な役割を果たしている。地球の引力によってとどめられた大気は、地表や人間の上に積み重なるように存在し、その重さが大気圧として表現される。



海面上の約1,013hPa(ヘクト・パスカル)を基準の1気圧とし、これを超えると高気圧、下回れば低気圧と呼ばれる。



上空1,000kmになると引力の支配が弱まり、大気は宇宙に流失しやすくなる。宇宙へ旅立つためのエネルギーは1.熱、2.化学反応や荷電粒子との反応、3.隕石(いんせき)や彗星(すいせい)の衝突の3通りあるが、地球の場合は2.がもっとも多い。



太陽風や宇宙線から地球を守ってくれる磁気圏が、それらのエネルギーを大気に与え流失を手助けしているのだ。幸い高高度は軽い水素やヘリウムが主体なので、いきなり生活に影響が出ることはないが、水素の流失ペースは毎秒3kgもあり、1年で9万5千トンにものぼる。



1気圧は、1平方cmあたりに約1.03kgの空気が乗っているのと同じだから、これを地球の表面積に当てはめると大気の総量はおよそ5,269兆トン。もし元素にかかわらずこのペースで減り続けたら、560億年後に地球の大気はゼロになる。



大気が減り、気圧が下がるとどうなるか?およその気圧と人間に起きる症状を挙げると、



・1〜0.7気圧 … 順応できる



・0.6気圧 … 常に呼吸が速くなる



・0.5気圧 … 生活できる限界



・0.4気圧 … 意識を失う



・0.35気圧 … けいれんやこん睡を起こす



・0.25気圧 …体液中の窒素が気泡になり血流を阻害する



・0.1気圧 … 100%の純酸素を吸っても酸欠を起こす



だ。富士山の山頂が0.6気圧だから何とか暮らせそうだが、0.3気圧程度のエベレスト山頂では、酸素ボンベなしでは鍛え上げられたアスリートでも生死をさまようだろう。



0.06気圧になると、体温(37℃)で水分が沸騰し死亡する。インスタント食品を作るフリーズ・ドライ製法で知られるように、気圧が下がるほど低い温度で水が沸騰するからだ。



人の入った布団圧縮袋の空気を抜く電撃的なパフォーマンス集団がいるが、0.06気圧ではリアル即身仏となってしまうので、決してマネをしてはいけない。

■吸えない酸素



0.7気圧までは順応できるが、何も起きないわけではない。酸素の減少は脳機能を低下させ、わずかな差でも意識レベルが大きく違うのだ。



体重60kgの標準的な成人は、室内でリラックスしている安静時代謝で毎分210ml(ミリ・リットル)、床にふせるなどして生命維持に必要なエネルギーだけに抑えた基礎代謝でも175ml/分の酸素を摂取している。



身体のなかでもっとも多くの酸素を必要とするのは脳で、100gあたり毎分3.3ml(ミリ・リットル)が消費されている。脳の重さは体重のおよそ2.2%だから、体重60kgなら脳は1.32kgとなり、毎分43.56ml、1時間に2.6リットルもの酸素が脳だけで消費される。



たった2%ほどの器官が、取り込む酸素の20〜25%も使ってしまうのだ。神経細胞が活発に成長する10歳未満の子供はさらに多く、50%以上が脳に使われる。



そのため酸素不足には敏感で、軽度なら集中力や判断力の低下、中度では頭痛やめまいが起きる。呼吸を増やそうとしてあくびが生じ、それでも足りないと眠気を感じるようになる。眠いのではなく、脳の機能が低下しているのだ。



さらに不足すると吐き気や意識障害、最終的には脳の細胞死につながる。成人になると脳細胞は新たに生まれてこないので、たとえ部分的でも脳細胞が死ぬと、完全な機能回復は期待できない。



0.1気圧では100%の純酸素を吸っても酸欠になるのは、酸素分圧が原因だ。肺に取り込まれた酸素は血中のヘモグロビンによって全身に運ばれるが、ヘモグロビンは身体の内外を比較して多い方から少ない方へ酸素を運ぶだけで、何気圧かは知るよしもない。



大気の約21%を占める酸素の分圧は、地表では1気圧×21%で0.21となるが、100%の純酸素も0.1気圧では0.1に過ぎず、体内よりも低くなる。そのためヘモグロビンは、体内から体外へ酸素を運び出してしまい、呼吸するたびに酸欠を増長させるのだ。





吸えば吸うほどつらくなる。三段逆スライド方式は、ホテルの釣り堀だけで十分だ。



■まとめ



あるアンケートによると、1hPa下がると頭痛などの体調不良を訴える人が64%も発生するそうだ。低気圧=天気が悪いのが相場だから心理的要因もあるのだろうが、たった0.09気圧の違いに左右されるほど人間は繊細だ。





観測史上もっとも高い気圧は1,083hPa(1.07気圧)、低気圧は870hPa(0.86気圧)。+70/-143hPaも増減したら強烈な頭痛に見舞われそうだ。もっとも、吹き荒れる暴風のただ中では、頭痛などと言っている余裕はないのだろうが。



(関口 寿/ガリレオワークス)