もうみんな忘れているかもしれませんが、戦後日本ではずっと自民党の一党支配が続いていて、政権は選挙後の党内の派閥抗争で決まりました。80年代に日本経済が世界を席巻すると、こうした“特殊”な日本的システムが不公正な競争力の元凶だと批判されるようになりました。「文化的にも欧米と対等になるには、談合ではなく選挙によって政権交代すべきだ」というのです。

「日本を変えるには派閥政治を終わらせなければならない」というのは、マスコミや政治学者だけでなく、政治家にとっても喫緊の課題でした。派閥の領袖自身が、派閥抗争を制御できなくなっていたからです。

 こうして、「新しい日本」をつくるための選挙制度改革が始まりました。小沢一郎が主導したこの改革の目的は、アメリカの共和党と民主党、イギリスの保守党と労働党のように、政権交代可能な二大政党制をつくることでした。そのためには派閥ではなく政党が選挙をたたかう小選挙区制しか選択肢はなく、制度設計に携わった高名な政治学者たちは、「これこそ時代が求めていた改革だ」と胸をはりました。

 次に必要とされたのは、自民党に対抗できる、政権担当能力のある野党でした。冷戦の終焉によって社会党や共産党はその歴史的意義を失い、このままでは有権者に選択の余地がありませんでした。そこで小沢一郎が“豪腕”で自民党を分割し、社会党と労働組合を取り込んで、新進党や民主党などが人工的につくられました。候補者が情実に訴えるのではなく、政党がマニュフェストを掲げて正統性を競う「近代的」な選挙が日本でもようやく始まったのです。

 2009年の民主党への政権交代は、90年代からつづく政治改革の頂点ともいえる出来事でした。理念なき自民党に対して、「改革」の理念を掲げた民主党が圧倒的な勝利を収めたからです。

 ここまでは政治学の理論どおりでしたが、その後は現実が理論を裏切っていきます。

続きはこちら(ダイヤモンド・オンラインへの会員登録が必要な場合があります)