新店の開業支援や他社からの切り替えでシェア拡大を狙う

ビジネスパーソン研究FILE Vol.197

サッポロビール株式会社 桑原聡さん

激戦区、六本木・麻布エリアを担当する営業の桑原さん


■得意先に足繁く通い、相手が驚くような早さで答えを返す誠意が通じ、頼られる存在に

新入社員研修の後、4カ月間の名古屋支社での営業経験を経て、桑原さんが配属となったのは静岡支社。全国に6カ所ある自社ビール工場の一つ、焼津工場の近隣地帯で自社のシェアが40パーセント近い重要なエリアの営業を担当することになった。

営業のミッションは、自社ビールのシェアを伸ばすこと。そのためには、他社ビールを扱っている既存の飲食店に自社ビールに切り替えてもらうことや、新規オープンする飲食店で自社ビールを扱ってもらうことが重要となる。飲食店との取り引きは酒販店が行うので、桑原さんの役割は、飲食店との取り引きを増やす戦略を酒販店と共に考え、協力していくことだ。そのためには、まず酒販店の信頼を得て、頼られる存在にならなければならない。営業活動の初歩は名古屋で経験していた桑原さんだが、自社工場近くの重要地区を担当したことで、いきなり壁にぶつかることとなった。
「県内でも重要な地区だけに、新人の私が担当することを不安視する酒販店も少なくありませんでした。競合メーカーは、業務を十分理解している中堅層が担当しているので、無理もありません」

しかし、年齢は自分では変えようがない。
「最終的に評価されるのは、年齢ではなく、仕事をしやすい相手かどうかだ」
そう信じた桑原さんが徹底して実践したのは、依頼されたことや聞かれたことに対する対応を、相手が驚くほどの早さできちんと返すこと。また、開店記念日や担当者の誕生日など、記念日を決して忘れないよう手帳に書き込み、こまめにお祝いに駆け付けた。その誠意とフットワークの良さが認められ、1年が経過するころには、得意先がさまざまな相談を持ちかけてくれるようになった。
「競合メーカーの担当者にでもできる相談を私にしてくれるのは、私が提供する情報を頼りにしてくださる証拠。得意先の中には、昔ながらの“通い詰める営業スタイル”を好ましいと思う人もいれば、新規物件情報や食材の仕入れ先、メニュー開発といった開業サポートを求めている人、東京の繁盛店の動向など飲食店のトレンド情報を求めている人もいます。喜ぶポイントは人によって異なるので、そこを見極めるよう心がけていました」

忘れられない経験は、静岡で7店をチェーン展開する地元では知られた居酒屋を、前々任者、前任者と3代にわたって引き継ぎ、全店で自社のビールに切り替えてもらうことに成功したことだ。

前々任者と前任者が新規店・切替店を獲得する中、オーナーの奥さまが経営するお店だけは変えてもらうことができなかった。
「オーナーは義理堅く、なかなか口説き落とすことができませんでした。それでも毎週のように顔を出し、東京の繁盛店の情報を提供したり、ときには東京視察に同行するなどしました。そして、2年近く通い詰めたある日、ついに『サッポロビールに切り替えてもいい』と言っていただいたんです。先輩から代々引き継いできた案件を、ようやく実らせることができたので、本当にうれしかったですね。すでに異動していた歴代の先輩担当者も大いに喜んでくれました」


■先輩にピンチを救われ、自分のこと以上に仲間を思う人たちと共に働ける喜びを実感

入社以来、高い目標に挑戦し続けている桑原さんだが、営業を始めたころにはピンチに直面したこともある。静岡に異動して半年ぐらいたったときのことだ。ある酒販店の情報を、桑原さんがほかの酒販店に流したと疑われ、その酒販店の担当者が担当している約20店の飲食店を、すべて他社のビールに切り替えると宣告されてしまったのだ。もちろん、桑原さんは身に覚えのないこと。先方に、自分の潔白をいくら説明しても聞き入れてもらえず、なす術が見つからずに先輩の営業担当に相談した。
「すると、先輩はすぐにその酒販店に電話を入れ、担当者が向かいそうな商談先に先回りして、店の近くで担当者を待ってくれたんです。そこは、支社から30キロメートル以上も離れた新規オープン予定の店。先輩は、何時に現れるのかもわからない担当者を待ち続けてくれたんです。商談中にその姿を偶然目にした先方担当者は、商談が終わると先輩のところに来て『こんなところまで来てくれてありがとう。商談は、やっぱりサッポロでまとめておいたよ』と言ってくださったんです。困っている私のために、自分の仕事をさし置いて、すぐに行動を起こしてくれた先輩には本当に頭が下がりました。自分のこと以上に仲間のことを思い、労を惜しまない人たちと一緒に働けて良かったと思うと同時に、仕事は1人でしているのではないということを、あらためて実感しました」

焼津工場の人たちとの触れ合いも、静岡支社時代の印象深い思い出だ。工場の周辺地域を担当していた桑原さんは、自社ビールを扱ってくれる店が増えるたびに、工場に連絡を入れていた。そうすると、工場の人たちは大勢でその店に飲みにき、店を盛り上げてくれるのだ。
「製造者の製品に対する思いが人一倍強いことは、言うまでもありません。でも、その思いをお客さまにじかに伝えるチャンスはありません。工場の人たちと身近に接していく中で、サッポロビールを製造し販売する上でかかわるすべての人たちの思いを代弁することも、営業の重要な役目なんだと気づかされました」

2011年9月、桑原さんは全国の得意先が注目する東京に異動し、繁盛店がひしめく六本木・麻布エリアを任されることに。東京中央支店では最年少ながら、約500軒を1人で担当し、開業サポートや自社ビールへの切り替えなど、年間多くの大きな商談をまとめている。
「東京が特別だとは思っていませんが、仕事のスピード感が違いますね。でも営業スタイルは、静岡時代と変わらず“誠実”を貫いています。人によっては、他人の懐に入るのが上手で、すぐに100点を取れるタイプもいますが、私は100点をとるまでに時間がかかるタイプ。だから、地道に得意先に顔を出し、頼まれたことに迅速かつ確実に応えて、少しずつ100点に近づいていこうと思っています。酒販店が、他社の担当者ではなく私に相談を持ちかけてくれるとき、自社の製品を入れた新規店のオープンを見るときが、今の私にとっては一番の喜び。酒販店の実績が自分の実績ですから、自己目標を達成するためには、酒販店とじっくり話し合って目標を共有し、その達成に向けて方策を練り、実行していくのみです。目標は決められていますが、達成までのアプローチは個人の裁量に任されているので、営業としてのやりがいを感じています。まだ東京に異動して日が浅いので、この激戦区でどこまで勝負できるのか、今は自分を試している最中です」