5年前と比べて、役職への昇進スピードは早くなる傾向にある

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最初に断っておくと、「こうすれば権力を握れる」などという都合のいいノウハウは、この世に存在しない。論語にも「死生命有り、富貴天に在り」とあるように、偉くなるかどうかは天の配剤なのである。日本経済新聞に連載されている「私の履歴書」を読んでも、ほとんどの経営者は成功の要因に、運のよさを挙げているではないか。だから、出世術の本に書かれているようなことは、すべて眉唾だと思ったほうがいいだろう。

私自身は、権力を手にしたいと思ったことなど、これまで一度もない。ただし、若いころは、結果として偉くならなければこの会社にいる意味はないという気持ちを常にもっていた。そして、それは当然働き方に表れる。与えられた仕事に一生懸命取り組むのはもちろんだが、さらに一歩進んで、自分が経営者ならどうするかまで考えるようにしてきた。普段からそういう訓練をしていなければ、いざ偉くなったときに、思う存分力を発揮することができないからだ。

逆に、絶対にやらなかったのは上司のご機嫌取りとゴマすりだ。仮にそれで直属の上司から引き上げられたとしても、会社の将来をきちんと考えているまともな経営者が、そんな社員を組織の大事なポジションに起用するはずがない。そう考えると、権力志向のイエスマンというのは、実は最も権力から遠いところにいるといえそうだ。また、社内で権力争いが横行しているようなら、その会社の将来は限りなく暗いといっておこう。

■器を広げて運を呼び込め

権力を握るノウハウはないが、運をよくする方法はある。それは自分を磨き、器を広げ、ビジネスパーソンとしての価値を高めることだ。そういう人間は取引先から信頼され、周囲の人望も厚くなる。そうすると孟子が「天授け人与う」といったように、追わなくてもその人にふさわしい地位が、自ずと与えられるようになるのだ。

だが、そうはいっても、やはり運、不運からは逃れられない。諸葛亮孔明は長らく不遇をかこっていたが、劉備玄徳から三顧の礼をもって迎えられた後に大宰相となった。もうひとり、劉備に仕えたホウ統は諸葛亮に匹敵するほどの能力の持ち主だったが、こちらは世に出ることなく一生を終えている。有能だから必ず権力が手に入るということではないのである。

自分の努力や能力が正当に評価されないというのはたいへん苦しいことだが、これはそういう状況を受け入れるしかない。清国の政治家だった曽国藩も、冷遇に耐え、苦しみに耐え、忙しさに耐え、暇に耐えなければ大事をなすことはできないといっている。すべてが理想どおり進むわけはないのだ。

もちろん上司に意見をしてもいいが、その場合は思ったことをストレートにぶつける「直諫(ちょっかん)」よりも、たとえ話などを用いた「諷諫(ふうかん)」でいくほうがいいだろう。また、自分に自信があるなら、こちらから上司を見切って組織を飛び出すのも悪いことではない。

一方、上司にとって大事なのは、有能な部下を集め、適材適所に配置することに尽きる。その際、部下を信用して任せることができるかどうかで、その上司の器量を測ることができる。逆にいえば、任せられる部下を選ぶことができるのが、才能あるリーダーなのだ。そして、成果を挙げたらきちんと褒めることも忘れてはならない。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば人は動かじ」といったのは山本五十六だが、これこそがリーダーとしての正しい姿なのである。

さらに、会社の中だけを見ていてはリーダーは務まらない。社会をどう変えていくのかといった情報を、SNSなどを使って発信していくのもリーダーの使命である。あとは知力、気力、体力。この3つは的確な判断を下すためになくてはならない。とくに健全な精神と健康な肉体は、日々激務に追われるリーダーにとって不可欠だ。

これらのことを意識して日々努力しても権力者になれなかったなら、そのときは「楽天知命、故不憂」(天を楽しみ命を知る、故に憂えず)、自分の天命だと思えばいい。憂えることはないのだ。

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SBIHD CEO 北尾吉孝
1951年生まれ。74年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村証券入社。ケンブリッジ大学経済学部卒。99年より現職。

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(SBIHD CEO 北尾吉孝 構成=山口雅之 撮影=宇佐美雅浩)