なぜメンバーを代えないのか? との感想を試合中ノートに何度記したことか。交代はあっても、大勝している時に控えを虫干しするように出場させる交代か、終盤、時間を稼ぐための交代か、ケガによる交代がその大半を占めた。交代時間は総じて遅め。流れを変えるための交代はほとんどなかった。接戦になると、動かなくなる癖も目についた。

 ザガロの采配には、つまり深みがなかった。ポーンとスタートしてそれでおしまい。そのポーンに、他の追随を許さない圧倒的な魅力があったことは確かだが、観戦の試合数を重ねていくと、翌年の本番が無性に心配になるのだった。

 戦術的交替はほぼ一切なし。ベンチに下げる選手と、投入する選手のポジションは完全に一致していた。変化は最小限にとどまっていた。

 2トップを占めたのはR−Rコンビ。ロナウドとロマーリオ。世界的にも1、2を争うフォワードである。代えにくいのはわかる。だがフォワードは、代わるべきポジションなのだ。交代のリスクが少ない、代えやすいポジション。そこに手をつけなければ、どこに手をつけるのだと言いたくなるポジションだ。しかし、そこにはビッグネームが構えている。そこが動かせないものだから、すべてが動かないという感じだった。

 3番手フォワードのエジムンドが出場した時間はごくわずか。出場しても空回りする始末で、結局、戦力としての確認はできずに終わった。その他の控え選手もしかり。逆に、使えない選手を大量に発生させることになった。

 ブラジルは10連戦で十分な結果を出したものの、チームの総合力がアップしたようには見えなかった。伸びしろというものを感じさせなかった。

 コパアメリカに、欧州の「ユーロ」のようなステイタスがあるなら話は別だ。結果を出すことが最優先になっても致し方ない。だがユーロが4年に一度であるのに対し、コパアメリカは2年に一度。しかもこのときはW杯予選の最中に行なわれるという間の悪さも手伝い、他国のモチベーションは著しく低かった。コンディション調整に重点を置く国がほとんどだった。予選を免除されたブラジルは、独り相撲を強いられた格好だった。他の国々は、強いブラジルを横目に見ながら、大会が終わるや再び予選の戦いに入っていった。

 ブラジルはW杯イヤーに突入すると失速した。心配は杞憂に終わらなかった。

・2月3日 ジャマイカ戦 0−0
・2月5日 グァテマラ戦 1−1
・2月8日 エルサルバドル戦 4−0
・2月10日 アメリカ戦 0−1
・2月15日 ジャマイカ戦 1−0
・3月25日 ドイツ戦 2−1
・4月29日 アルゼンチン戦 0−1

 99697人のファンが「マラカナン」を満員に埋めたホーム戦。アルゼンチンサポーターの姿が確認できないホーム色100%の中で、ブラジルは苦戦した。 満員の観衆は、当初こそアルゼンチンに罵声を浴びせかけたが、ほどなくしてその矛先はふがいない戦いをくり広げる自軍に向けられた。「能なし監督、 引っ込め!」。後ろに座るブラジル人記者は、スタンドからわき上がる声をそう英訳してくれた。「エジムンド!」コールも湧いた。控え選手の象徴である彼の名前を合唱することで、ザガロに嫌みたっぷりに圧力を掛けた。

 ザガロはこらえきれずエジムンドをピッチに送り出すも、控えが板についた彼に状況を変える術などあるはずがなかった。むしろ足を引っ張る存在になっていることが明確になると、スタンドは沈黙。アルゼンチンはそのタイミングで決勝ゴールを奪った。クラウディオ・ロペスが近距離からゴールの天井に突き刺す豪快なシュートをたたき込んだ。観衆はするとアルゼンチンがパスをつなげるたびに「オーレ、オーレ」と絶叫。皮肉たっぷりに我が代表をこき下ろした。