日本コカ・コーラ元会長 魚谷雅彦氏

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■マーケティング視点で部下との関係を再構築

ドラッカーは「企業の基本的機能はイノベーションとマーケティングだ」と喝破しました。イノベーションは日本語では「革新」ですがマーケティングには適切な言葉がない。調査や広告という人もいますが意味が狭すぎます。私に言わせると、マーケティングとは、お客様とのつながりをどうやって強めていくか、お客様の求めるものにどうやって応えていくかという価値創造のための仕組み、プロセス、企業文化のこと。まさに経営に直結する重要な柱なのです。

マーケティングを重視すると、企業と顧客の関係が様変わりします。一方的に企業が商品を売り込むプロモーションに代わり、顧客から企業への情報提供も含む双方向の「コミュニケーション」が非常に大切になるのです。

「部下に恵まれないなあ」と思っている管理職がいたら、このマーケティングの考え方を応用し、部下との関係を再考してみることをお勧めします。部下とのつながりをどうやって強めていくか、自分の求めているものと部下の求めているものをどうやって一致させていくか、ということですね。

部下の不出来を愚痴る前に、自分は部下にとってどんな上司なのか、コミュニケーションは的確にできているのかどうか、部下が自発的にイキイキ働けるような環境づくりを十分にやっているか、自問自答してみてください。

私が日本コカ・コーラに上級副社長として入社したのは1994年、39歳のとき。当時、競合他社のウーロン茶がヒットしていて、自社で出したウーロン茶飲料も、まずまずの売り上げをあげていました。でも先行する競合社にはかなわない。そこで、「ウーロン茶以外の新しい発想の新製品を考えてみよう」と、ことあるごとに部下たちと話していたのです。

そんなとき、ある部下が福岡でテスト販売されていた茶系飲料が宣伝もゼロなのに、よい動きをしている、と報告してきました。それが、その後、大ヒットとなった爽健美茶だったのですが、当時は知る由もありません。そこで僕はその部下ともう1人に、自動販売機の横に立ち、爽健美茶を買ってくれたお客様に、「なぜ買うのか」「どのくらいの頻度で買うか」という2つの質問をしてきなさい、と3日間の福岡出張を命じました。

その結果、「購買者のほとんどが女性」「1日3回も飲む人、飲料商品はこれしか飲まないという人もいた」「購入理由は『キレイになれそうだから』」といったことが判明しました。私は、若い女性の心に刺さる、大きな可能性を秘めた新商品だと確信しました。これを眠らせておく手はない。すぐに訴求力のある広告をつくり全国発売に踏み切ったところ、品切れが続出するほど売れたのです。

このように、常日頃から部下たちにお題を与えておくこと、彼らの提案を信じて時には大胆に動いてみることが大切です。

部下の心をつかむために、もうひとつ大切なのが「パーソナル化」です。日本コカ・コーラの価値観である「ファン&エキサイトメント」を社内に浸透させるため、「こころざし読本」という印刷物をつくったことがあるのですが、そこに社員1人ひとりの名前を刻印しました。そう、パーソナル化です。

それだけではなくコカ・コーラのボトルの形をしたパソコンのマウスをつくり、夜のうちに全社員のマウスをそれに取り換えてしまった。朝出社したら、そのマウスとともに自分の名前が刻印された本が机にあるという仕掛けです。

効果は抜群。「これ何! 面白い!」と大騒ぎでした。社員の心がひとつになり「会社の変革のために自分も何かやらなくては」という気持ちになってくれました。

私は「管理」という言葉が好きではありません。部下をインスパイア(鼓舞)する、ファシリテート(導く)するというほうがしっくりきます。マーケティングも部下育成も本質は同じです。主人公はあなたや会社ではなくて、顧客や部下。会社の場合、「顧客に恵まれない」と愚痴る会社があったら、笑われるだけでしょう。部下に関しても同じことです。

※すべて雑誌掲載当時

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日本コカ・コーラ元会長 魚谷雅彦
1954年生まれ。同志社大学卒業後、ライオン入社。83年コロンビア大学でMBAを取得。クラフト・ジャパンなどを経て94年日本コカ・コーラ副社長。2001年社長。06年〜11年会長。

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(日本コカ・コーラ元会長 魚谷雅彦 構成=荻野進介 撮影=小原孝博)