「すし匠」親方 中澤圭二 東京都生まれ。中学卒業後、料理の世界へ。全国各地で修業したあと、1989年、「すし匠さわ」を東京・二番町に開店。93年、四谷に 「すし匠」を開き、現在に至る。著書に『鮨屋の人間力』がある。

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いらっしゃいませと、「すし匠」の親方・中澤圭二さんから目と言葉で迎えられた。接客マニュアルに書いてあるのか目を合わさない義務的な挨拶が主流になるなかで、中澤さんはお客の目をしっかり見る。東京・四谷に店を開いて間もない頃、お客の気分を害した失敗から目を見て迎え、目を見て話すことの大切さを改めて教えられたからだ。

「私も子どもたち(従業員)もロボットにならないことを心掛けています。このお客様はもうおなかいっぱいなのかな、といったことは、ロボットには判断できなくても人間なら自然にわかることですよ」

と簡単に言うけれど、「お任せ」で出される握りやつまみは、お客が食べたいと思う頃を見計らって現れる。このさじ加減、「ただの人間」には無理である。

「我々寿司職人は親子のような関係です。5年、6年と寮生活をし先輩や後輩と24時間顔を突き合わせて生活しています。気の合う仲間もいれば嫌な先輩もいる。でも嫌な先輩と一緒に生活することが大切。嫌なことを克服する力が養われるし、嫌われないように気遣うことを覚えるのです」

寿司職人の見習いはまず掃除の仕事を与えられる。1年間続けると洗い場で洗い物を任される。そうした下積み修業を続けてようやく板場でネタケースが洗えるようになり、やがてネタにさわれる日が来る。

「修業を積んできたからこそ『コハダにさわれる』ことの価値がわかる。するとコハダに愛情がわいておいしく作ろうという気持ちになる。おいしく作れたら――」

次はどうしたらお客様においしく食べていただくかを考えるようになるというわけだ。

中澤さんが最も心掛けているのは店内の「空気」を整えること。

「空気は店とお客様とでつくるものですが、たまには空気を乱す人もいますよ。他のお客様に迷惑がかかるときは一瞬“棘”を出します」

棘を出したところを他のお客が目撃すると心地悪いから、話題を振ってお客同士で話が弾んだ瞬間を見計らって「困りますよ」と諭す。

「気配りはお客様に迎合することとは違います。困ったお客様に嫌われることが、本当のお客様に対する心遣いになることもある」

親方は子どもたちに対しても気を配る。昔の寿司職人の世界はガチガチの縦社会だったから、親方は拳固で教えればよかったが、今は時代が違う。

「どの子も同じように叱ることはありえない。きつく叱ったほうがいい子、きつく叱ってはいけない子、すぐに叱ったほうがいい子、しばらく見て見ぬふりをしたほうがいい子というように、子どもたちの性格によって変えています。だからといって、なぜオレだけと思われてもいけない。叱ることはコハダを締めるのと同じくらい難しい」

一方で「子どもたちが感じたことを言える環境をつくっている」とも。毎日仕事が終わってから行う反省会では「あのお客様は本当は光り物が嫌いのようでした」といった中澤さんも気がつかなかった指摘も出る。そうやって話し合うことで店全体の温かい雰囲気が磨かれる。
「お客様を幸せにするために仕事をしているという原点に立ち返って考えれば、難しいことではない」と中澤さん。気配りが苦手な人は、仕事の原点を忘れかけているのかもしれない。

※すべて雑誌掲載当時

(山本信幸=文 大沢尚芳=撮影)