気仙沼港にある「港町ブルース」の歌碑。「震災前はここに立つと、曲が流れたんですけど」と阿部さん。

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■音楽を伝えたい

「世界中の子どもたちの夢を叶えるための踏み台になりたい」——これが阿部愛里さん(気仙沼西高2年生)の夢だ。とはいえ、学校を出たら喰っていかなくてはいけません。どうやってお金を稼ごうと考えていますか。

「具体的なものは……。NPOを経営したいというのがあります。でも、それが仕事になるのかなって思ったりとか。あと、ビジネスやりたいなというのもあって、高校を卒業したあとは大学に行って、慶應義塾大学がいいかなと思ってるんですけど、慶應に行ってビジネス学んで、気仙沼を盛り上げる新しいビジネスとか新しい風をどんどん入れたいなと思ってて。やっぱり明確なものというのがなくて……」

自分のことばが抽象的なものだということ。阿部さんにはその自覚がある。「したいこと」は強く自分の中にある。ただ、それを「どのように」すればいいのかを阿部さんは模索している。阿部さんの特徴は、その模索を、自分の頭の中だけでなく、人と会うことで解決しようとしている点にある。

「自分で地元のNPO法人の団体の人たちと繋がって、そこで震災関係の活動をし始めて、いろいろ東京とかに行って大学生とかに講演したりとか、何回もワークショップやったりとか、自分の意見を人前で話すような場を何回も与えられたりとかして。『TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム』でアメリカ行ったきっかけも、そのNPO法人の団体の人に、『行ったほうがいい』って勧められて応募したからなんです」

ここまでが9月のインタビュー時点での話だ。そして3カ月後、「その後、将来の進路に変化は?」と訊いたところ、次のようなメールが返ってきた。

「3カ月の間にいろいろな出合いがありました。わたしはよく『福祉支援カフェNONOKA』というお店に通っています。そこで岩手の農薬会社の社長さんとお話する機会がありました。夢を聞かれ『震災前はプロの太鼓奏者になりたかったが、今は迷っている』と答えました。社長さんは『じゃあ、耳の聴こえない、音楽を知らない人に音楽を伝えるとき、あなただったらどうする?』と質問してきました。考えたことがなかったので『わかりません』と答えると、社長さんはお店のオーナーで障害福祉関係のお仕事をしている方に同じ質問をしました。すると、『聴覚障害者に勧める音楽は、断然和太鼓だ』という回答をいただきました。なんでも、聴覚障害のある方は感覚神経が普通の人の倍あるが故に、和太鼓の振動、響きを体で感じることができるということでした」

「福祉支援カフェNONOKA」は、気仙沼市南が丘通りにできた「気仙沼復興飲食店 復幸小町」内の飲食店。ここでの出合いが、阿部さんの大きな「踏み台」になった。

「わたしは音楽を知らない人に音楽を伝えたいと強く思いました。このことがきっかけで、わたしはプロの太鼓奏者になるためにプロ団体"TAO"に入って太鼓を演奏することが夢になりました。『世界中の子どもたちの踏み台になる』夢は、太鼓を使ってやりたいと考えています」

"TAO"は1993年結成、積極的な海外公演を行っている和太鼓パフォーマンス・グループ。阿部さんの「やりたいこと」は、一周回って太鼓に戻ってきた。阿部さんが言う「踏み台」を、こちらのことばに置き換えれば、それは「きっかけとなる人との出合い」になる。最後に3人に、あらためて訊いてみたい。「TOMODACHI〜」に参加して3週間合州国に行き、日本では、気仙沼では会ったことのない人に出合ったと思います。その話を聞かせてください。

■そんな大人の人に会ったことなかった

合州国で見た人、会った人の話を聞かせてください。

男乕「アメリカって、みんな走ってるなあと思いました。上半身裸で走ってる人とかもいて。気仙沼では、つばきマラソンのときくらいしか走ってない(笑)」

小松「その時期になると、夜におじいちゃんとかが走ってて『ああ、つばきマラソンに出るんだな』とか思う」

阿部「頑張ってるなあって、そろそろだなあって」

面積約9平方キロメートル、人口約3000人。大島は気仙沼湾に浮かぶ東北最大の有人離島だ。震災後しばらくの間、気仙沼港と大島を結ぶフェリーが失われ、この島は孤島となった。毎年4月、この島を2000人以上が走るハーフマラソン大会が「気仙沼つばきマラソン大会」だ。震災が起き、2年連続で中止となったが、2013年4月21日に第30回大会が開催される見込みだが、ええと、走っている人以外で印象に残った人はいますか。この問いに、男乕さんが、ひとりのエンジニアの話をしてくれた。

「アップルのエンジニアの人。見たかんじ、すごいおっとりした、見るからに感じのいい人なんですけど、人生が波瀾万丈で。そんな大人の人に、いままで会ったことなかった。スティーブ・ジョブズに憧れて、親を無理矢理説得して、自分で貯めたお金で1回アメリカ行ったんだけど、英語が日本で教わったのとぜんぜん違って、ぜんぜんしゃべれなくて、ハンバーガーも買えなかったみたいで。泣く泣く日本に帰って来て、英語の勉強を一所懸命やりなおして、そうしてるうちに、ジョブズがアップルから追い出されて、ネクストって会社を立ち上げて。その人は、そのとき日本でどっかのサラリーマンだったらしいんですけど、ネクストに何もアポなしに行って『働かせてくれ』。そしたら面接があって、OKが出て。ネクストで働くようになって向こうで生活してたら、ある朝、アップルとネクストが合併していたという」

「そんな大人の人に、いままで会ったことなかった」——「TOMODACHI〜」の意味をひとことに凝縮すれば、このことばになるのではないか。

最後に聞かせてください。気仙沼と合州国の、いちばんの違いは何でしたか。

男乕「日本人だと、バスの中で知らない人に声かけないじゃないですか。でもあっちは普通に声かけたり」

小松「バスの中で、いきなり "You are cool"って言われて。歩いてても『どこの人?』って言われて、"Japanese" って答えると "Cool, cool"って。向こうにいたあいだ、メッチャ"Cool, cool" 言われて(笑)。エレベーターの中でも必ず話しかけられて。"Japanese" って答えると、アニメが、とか東北っていう話が、通じたりして」

男乕「そう、"Kesen-numa" も通じました。ホストファミリーで『どこなの?』って言われて。『ああ、知ってるよ。ひどかったんでしょ』みたいなかんじで。"Tsunami" はもう、どこへ行っても通じるんでびっくりしました」

阿部「人が美しい。しかも、よく動くというか、フットワークが軽い。トークとかコミュニケーションも軽いし、実際に足運ぶというか、そういうのも軽いなと思って」

男乕「そう、ホストファミリーも、いろんな活動に参加したりする家だったんですよ。凧揚げるイベントに行ってきたとか、天文台のイベントに行ってきたとか。気仙沼の人は——そういう人ばっかりじゃないんですけど——けっこう引きこもりがちなかんじがする。たぶんあっちは、日本と比べて、安いんです。駐車場の料金だったり、バスも2ドルとか3ドルで、けっこう遠くまで行けたりするので、行きやすい環境なのかなと思います。日本は全部高いじゃないですか。なので、フットワークを発揮しやすいと思います、あっちのほうが」

聞けば、気仙沼から仙台までのバスは1800円だという。換算すると約22ドルになる。「2ドルとか3ドルで、けっこう遠くまで行けたりする」ということばは、大人の側が忘れがちな皮膚感覚なのではないか。この連載の中で、移動距離や交通費のことを多少しつこく記すようになっているのは、気仙沼で聞いたこの話が頭に残っているからだ。

次回は三陸沿岸を北上し、岩手県宮古市で6人の高校生に話を聞く。

(明日に続く)

(文=オンライン編集部・石井伸介)