すべての発言が「名言」となる人物はいない。力のある言葉だけが歴史に残り引用される。

■気軽に読める「名言集」は知的なライフハックか

なぜ今、名言が人気なのでしょうか? おそらく、あらゆる世代の人たちが幸せな未来像を明確に描くことができなくなっているという時代背景が影響しているのでしょう。政治は混迷を来し、経済の先行きは暗い。指針を示す存在だった親や教師、上司といった人たちも不安を抱き、迷っています。さらに、「自己責任」としての個の自立が求められる一方で、家庭や職場での人間関係は希薄になりつつある。信頼できる相談相手もいない――。

そんな中、先人たちの知恵の結集である名言を、自分を鼓舞するメッセージやアドバイスとして読みかえる人が増えているように思います。分厚く難解な古典を読むのは大変ですが、「名言集」ならパラパラと手軽に読み進むことが可能です。知的な「ライフハック」という側面も人気の背景にあるのでしょう。

名言の主は、哲学者、文学者、武将、経済人といった歴史上の人物から、現代の知識人、ビジネスエリート、スポーツ選手など多岐にわたります。「誰の名言なのか」は、発言の背景を想像させることで言葉に説得力を持たせるという意味で、重要な要素となります。「貧乏な家に生まれたからとか、いま貧乏で学校にも行けないからといって、悲観することはない」という言葉を、成功者である本田宗一郎に言われれば、より説得力が増すでしょう。しかし、この言葉を誰とも知れない市井の人が発したからといって、言葉の価値がなくなるかといえば、私はそうではないと思います。名言の条件とは、言葉そのものが輝きを持っているかどうかなのです。

私は名言を選ぶ際、言葉の意味そのものに重きを置いています。先に挙げた自著ではローマの哲学者から芸能人、マンガのセリフにいたるまで幅広い分野から名言を選びました。そもそも、イタリアの詩人やフランスの貴族がどれほど偉いのか、専門家でなければよくわかりません。それでも彼らの言葉が名言として広く流通しているのは、言葉そのものに力があるからではないでしょうか。

■世間をニヒルに眺めず具体的な行動に移す

名言は2種類に大別できます。ひとつは、「うまいこと言った」という名言です。過去の偉人によるものが多く、「人生とは○○のようなものだ」と世の中を皮肉っぽい調子で捉えたものです。当人の思想に裏付けられた独特の視点を表してはいますが、現実の苦境に直面している人々にとって実際に役に立つ言葉かといえば、私にはそう思えません。

たとえば、フランスの作家・グールモンは、「人間というものは、結局は消化器と生殖器から成り立っているのだ」という言葉を残しています。なるほど、と思いますし、含蓄もあります。しかし、それだけなのです。

一方、もうひとつの名言は、「読む人の心に直接訴えかける」という名言です。今、人気を集めているのも、この種の名言だと思います。シンプルな表現で、読んでいる人の心に深く刺さり、具体的な行動に結びつくような言葉です。

ただし、「訴えかける」という種類の名言の中には、自らの成功体験を根拠に「目標を立てて努力せよ」とか「とにかく頑張れ」などと言い立てるものも見受けられます。努力や頑張りが必要だということぐらい、多くの人はわかっています。でも、そこで踏ん張れない、目標が立てられないから困っているのです。ならば、具体的にどうアクションしていけばいいのか、現在の苦境をどう乗り越えればいいのか、よりわかりやすく明示してくれる言葉でなければ、人々の共感は得られないでしょう。ニーチェやゲーテ、カーネギーなどの名言は、時代を超えた普遍性だけでなく、具体性をともなっているからこそ、多くの支持を集めています。

名言とは、時代を経るにしたがって更新されていくものです。世間をニヒルに眺めるだけの名言は、もう残れないでしょう。意味を噛み砕いて自分の血肉とし、実際の行動に移すことで、名言は輝きを放ちます。原典を読まずに、名言だけで理解したつもりになる、という姿勢には問題もあります。しかし、現代の「名言集」に収められる言葉の多くには、迷いがちな現代人の背中を押す力がある。そうした言葉はこれからも残るでしょうし、次第に「名言の主」にも関心が移っていくはずです。(文中敬称略)

■ゲーテ

1749〜1832。ドイツを代表する文豪。数多くの格言や警句を残していることでも知られ、1943年に初版が刊行された高橋健二訳『ゲーテ格言集』は今なお版を重ねている。

空気と光と
そして友だちの愛
これだけ残っていたら、
弱りきってしまうな。

『ゲーテ格言集』(新潮文庫)

人間のあやまちこそ
人間を
ほんとうに
愛すべき
ものにする。

『ゲーテ格言集』(新潮文庫)

■ニーチェ

1844〜1900。ドイツの哲学者。ルサンチマン、超人、永劫回帰といった概念を提起した。最近では白取春彦による「超訳」が45万部超のベストセラーになっている。

あなたがたの
実力以上に
有徳であろう
とするな。
できそうもないことを
おのれに要求するな。

『ツァラトゥストラはこう言った』(岩波文庫)

疲れたと感じたら、
考えることをやめ、
休んだり
寝たりするに限る。

『超訳ニーチェの言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

■ラ・ロシュフコー

1613〜1680。フランスの貴族で文学者。主著『考察あるいは教訓的格言・箴言(単に箴言集、格言集とも)』は全編が1〜2行の断言で構成され、激しい議論を呼んだ。

まちがったことをして、
それに苦しむことの
できない人間くらい、
度々まちがったことを
する人間はない。

『座右の銘 意義ある人生のために』(里文出版)

人間は、自分が
考えるほど
不幸でもないし、
それほど
幸福でもない。

『生きる財産となる名言大語録』(知的生き方文庫)

■水木しげる

1922〜。漫画家。代表作に『ゲゲゲの鬼太郎』など。太平洋戦争で左腕を失い、復員後は紙芝居作家、貸本作家を経て漫画家に。40歳を過ぎるまでヒットに恵まれなかった。

不幸な顔をした人たちは、
「成功しなかったら、
人生はおしまい」
と決め込んでいるの
かもしれないネ。

『水木サンの幸福論』(角川文庫)

■芥川龍之介

1892〜1927。大正時代に活躍した文豪。35歳のとき服毒自殺にて逝去。「羅生門」「鼻」など古典を翻案した短編小説のほか、「河童」など厭世的な作風でも知られる。

どうせ生きて
いるからには、苦しいのは
当たり前だと思え。

『仙人』(ちくま文庫)

■チャールズ・チャップリン

1889〜1977。映画黎明期を代表する「喜劇王」。1952年製作の『ライムライト』は、米国内での「赤狩り」で上映禁止とされ、彼自身も欧州移住を迫られるという因縁を持つ。

この人生はどんなに
つらくとも生きるに
値する。そのために
必要なものは、
勇気と想像力と
ほんの少しのお金だ。

映画『ライムライト』

(大山くまお=文・選)