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「装飾は性的な衝動のあらわれである」と断言し、装飾にこだわる人間は自分の性欲を公衆にさらしているのだから変質者や犯罪者と同じようなものだ、と決めつけてみせたアドルフ・ロース。

前回もお話しましたが、ロースは「高貴な人々」に対して強いこだわりを見せています。また自分自身もそのひとりであるという自意識を常に強く持っています。



ロースはウィーンを拠点に活動しました。産業革命を牽引したヨーロッパにある歴史ある都市ですが、イギリスやアメリカほどには工業化が進んでいないし、人々は古い価値観から抜け出せない。彼の著書を読むと、技術革新がもたらす発展にうまく乗り切れないウィーンの文化に対して、歯痒さを感じている様子が見てとれます。



しかしその中でも自分は違う。建築家として、文化において指導的立場を果たすべき立場にある自分は、当然誰よりも精神的に進化していなければならないし、実際にそうだ—世紀の変わり目における、ウィーン文化の担い手としての自意識が、やや痛々しいほどに感じられるのは筆者だけでしょうか。



 

 

 

 

 

モダニズム建築の先駆者、ロース

ロースの「装飾は罪悪」という言葉は、同時代や後世のモダニズムの建築家たちに影響を与えました。ル・コルビュジエも「文化が向上すればするほど装飾は影を潜める」と言い、このことを最初に指摘したのはおそらくアドルフ・ロースである、と言って彼からの影響を認めています。



しかし彼は、のちにモダニズムの主流となった建築家たちとは違って、(vol.15で見たように)建築は保守的なものであり、周辺の環境や人間の身体、感情や記憶などに寄り添って設計されるべきだとも考えていました(実際はそれが周囲に理解されることはあまりなかったようですが)。そのために必要ならば過去の装飾を引用することなどはある、と彼は言っています。



vol.14で見たミュラー邸のインテリアが、装飾こそないものの意外に保守的な印象を与えたのは、彼のこうした建築観によるところが大きいと言えるのではないでしょうか。

 

「装飾は罪悪か」は次回が最終回です。ロースが「性的衝動の発露」と呼んだ装飾は、現代のわたしたちにとってはどんな行為なのでしょうか。

 



もう一歩深く知るデザインのはなしvol.13

http://www.interior-joho.com/interview/detail.php?id=1394

もう一歩深く知るデザインのはなしvol.14

http://www.interior-joho.com/interview/detail.php?id=1423

もう一歩深く知るデザインのはなしvol.15

http://www.interior-joho.com/interview/detail.php?id=1469

もう一歩深く知るデザインのはなしvol.16

http://www.interior-joho.com/interview/detail.php?id=1491