クレディセゾン社長 林野宏 1942年、京都府生まれ。65年埼玉大学文理学部卒業後、西武百貨店に入社。82年西武クレジット(現・クレディセゾン)へ。95年同社専務。2000年より現職。

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■「あれは、不自由の女神ですね」

書くとは、知識や情報を知恵にかえる行為であり、文章は、それ自体が商品でなければならない。

よく、秀才ばかり雇っても企業は立ちゆかないというが、豊富な知識を持つ秀才は大変価値がある。問題は、その知識を知恵にかえることができるかどうかだ。企業は、スタッフ部門が知識や情報を知恵にかえ、現場がその知恵を行動に移し、富に置き換えることで成り立っている。

私はこの会社を、社員の誰もが知識や情報を知恵にかえることができる「多数精鋭」の組織に育て上げたいと思っている。では、知識や情報を知恵にかえるにはどうすればいいのだろうか。

社長就任の当初から、私は「R・REPORT」という文書を社内メールで配信し続けてきた。Rは林野の頭文字。発行号数は、もう100は超えているはずである。最初は首相の所信表明のような内容だったが、最近は読書の内容をサマライズして配信することが多くなった。

本のサマライズで大切なのは、本に読まれないこと、本の内容を丸呑みにしないことである。書いてあることが全部正しいわけではないし、自分と考え方が違う部分もある。そういう部分は飛ばしてしまうか、リライトしてしまう。そして、重要なこと、面白いことだけを短い文章で個条書きにする。最初はずいぶん時間がかかったが、いまではA4二枚のレポートを1時間ほどで書き上げることができる。

本のサマライズを社員に送りつけるだけでは、知恵への転換を果たせたとは言えない。このサマライズをどうやって事業に活かすか。そこがまさに知恵なのだ。「R・REPORT」には、そのためのヒントをちりばめている。「ヒントは出したから、後はみんなで考えてくれ」ということだ。

冒頭で、文章は商品だと述べた。最高の商品とは、発売の前から期待値が高い商品である。

クレディセゾンはこれまで、年会費無料のカード、サインのいらないカード決済方法、永久不滅ポイント(ポイントの有効期限がない)など、日本初の新サービスを提供してきた。この結果、「次はいったい何をやってくれるのか」という期待を集められるようになった。文章でも同じだ。「次はどんな内容だろう」と読み手に期待してもらえれば――極論すれば――文章の中身に関係なく読んでもらえる。

期待値を高めるには、文章の評価は読者が決めるものだと割り切ることが大切だ。書きたいことを書くのではなく、読者が喜んでくれること、感心してくれることだけを書く。要するに、読者にとって面白くなければダメなのである。最初は直感的に書いていって、今度は読み手として面白いかどうかを検証しつつ、書き直しを加えていく。

ポイントは、読者のハートをグッと掴むようなサプライズがちりばめられているかどうか。クレディセゾンはアメリカン・エキスプレスとの提携により、10年7月から、日本で初めて同社の象徴である「センチュリオン」(古代ローマの百人隊長)をカードデザインに採用した新カードをスタートさせる。実は、この契約を結ぶまでに3年の歳月を要した。私はブルックリンに行ってアメリカン・エキスプレスのCEOに、「このカードをつくれば日本のマーケットで勝てる」と力説したが、CEOはなかなかうんと言ってくれなかった。難しい社内事情があったのだ。

そのとき、ふと窓の外に目をやると、自由の女神が見えた。そこで私は、CEOに向かってこう言った。

「あれは、不自由の女神ですね」

私流のサプライズである。私とCEOの心境をあらわすこの言葉はよほど印象的だったらしく、契約締結のために担当部門の責任者が来日した際、なんと自由の女神のレプリカを私へのお土産として持参してくれたほどである。

サプライズは大切だが、これはあくまでも相手のハートを掴むための道具。本当の面白さはクリエーティビティーにある。クリエーティビティーとは、新しい発見、新しい発想だ。

「これはいままでになかった考え方だ」と思ってもらえたとき、文章は初めて商品としての価値を持つ。しかも、その発見や発想が、他に真似のできないものであれば、商品としての価値は一層高まる。

■客観的な「数字」こそが読者のハートを掴む

たとえば、セゾンカードにはポイントの有効期限がない(永久不滅ポイント)が、これは他社が容易に真似できるサービスではない。発行したポイントに対して膨大な引当金を積まなくてはならないからだ。ビジネスは、他の追随を許さないクリエーティビティーを連発していけば、必ず勝てる。カード会社としては完全に後発であるわが社がカード業界のトップに立てたのは、まさにこのためなのだ。

文章上のクリエーティビティーにも、しっかりとした裏づけがなければ、単なる思い付きと受け取られ、読者の納得は得られない。「R・REPORT」も、社員に納得してもらって、実際に行動してもらえなければ、書く意味はない。商品としては失格である。

納得してもらうために最も有効な方法は何かと言えば、それは客観的な事実に基づいた数字を示すことだ。

直近の「R・REPORT」に「意思決定の罠」(編集部注:マイケル・J・モーブッサン著『まさか!?』ダイヤモンド社のサマリー)と題して、私は以下のような文章を書いた。

「(多くの人は)音楽、言葉、匂い等、知覚を通して入ってくる無関係な情報が意思決定に重要な影響を与えていることに気付かない」

これはこれで新しい発見だと思うが、このままでは説得力が乏しい。そこで私は、次のエピソードを引用した。

「スーパーでフランスとドイツのワインを隣同士に置き、両国の音楽を交互にかける。フランスの音楽がかかっている時にはフランスワインのシェアが77%となり、ドイツの音楽がかかっている時は、ドイツワインのシェアが73%を占めた」

これはあるスーパーでの実験結果だ。数字が入るだけで説得力は圧倒的に高まる。最後に私は、こう付け加えた。

「人は一見関係のない多くのことに影響されるということを自覚し、活用すべきである」

知識や情報を知恵にかえるヒント、社員が行動を起こすためのヒントである。意思決定が音楽によって影響を受けるならば、全国のセゾンカウンターでモーツァルトを流したら、より上位のカードへの加入者が増えるかもしれない。プラチナカードやゴールドカードの加入者が増えるかもしれない。社員の誰かが「これは使える!」と思ってくれれば、立派な商品である。

クリエーティビティーがあり、しかも人を動かす力のある文章を書くのは、実は難しいことではない。夢中で仕事のことを考え続けていればいいのだ。同期入社の社員を見渡せばわかると思うが、夢中で仕事をやり続けている人間などほとんどいない。仕事で成果を出せるかどうかを分けるのは、とどのつまり目標に向かって情熱を継続する力なのである。

私は風呂でも、布団の中でも、常に新しいビジネスのアイデアを考えている。だから、「R・REPORT」のネタに困ることはないのである。

※すべて雑誌掲載当時

(山田清機=構成 尾崎三朗=撮影)