もう一歩深く知るデザインのはなしvol.16

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「装飾は罪悪」という有名な言葉を残した建築家、アドルフ・ロース。そこまで嫌った装飾や装飾様式とは、彼にとっていったい何だったのでしょうか。



装飾=性的衝動!?

最初に結論を述べてしまいましょう。

ロースは、装飾は「性的な衝動」のあらわれである、と断言しました。

彼にとって、装飾をデザインするなど、どんな形であれ少しでも「装飾」というものにこだわることは、性的な衝動を人前で露わにすることと同じくらい恥ずかしいことだったのです。ある程度文明化された社会においては、性的な衝動などは他人の前では隠しておくべきものです。ロースの生きた19〜20世紀の転換期のウィーンにおいても、もちろんそうでした。





あなたはレベルの高い人?低い人?



ところでロースは、「装飾は罪悪だ」と主張する際にターゲットを明確に決めていました。「高貴な人々」、つまり社会や文化において指導的立場にある人たちです。彼の考えでは、それは「ヨーロッパ及び北米の都会に住む、現代の大人の男性」のことであり、ロースは自分自身ももちろんそうした社会の上層部のひとりとしています。



「あなたも我々のようにレベルの高い人間なら、性的衝動からくる行為である装飾などは恥ずかしくて関わりたくないはず。もしそうでないのなら、あなたはレベルが低いのだ」ロースはターゲットに向けてこんな問いをぶつけ、巧みに彼らの自尊心をくすぐりながら、自説を浸透させようとしているのです。

 



一方未開の地域の人々、子供や女性、田舎の農民たちが、生活の中に衝動の発露としての装飾を必要とし、それを作り続けることはロースに言わせれば「仕方のないこと」なのです。なぜなら彼らは「文化的に劣っているから」です。



またゴシックやバロックなど過去の時代には、さかんに装飾が作られ、それが社会の中で機能していました。このことも彼によれば「文化がまだ洗練されていないから」です。文化が成熟し、人々も十分に洗練されているはずの19世紀ヨーロッパにおいては、装飾が果たす役割など何もない、というのが彼の主張なのです。



 

 

 

 

結局「装飾は罪悪」とは

今まで述べてきたことは、「装飾は罪悪である」という言葉と結局どう結びつくのでしょうか。

実はロース自身は、「装飾は罪悪である」とは一言も言っていないのです。装飾を求め、それを作ろうとする人間は、性的衝動を隠さずに人前で見せるような人間と変わらない。つまりそういう人間は変質的で犯罪者的だ、と言っているに過ぎません。彼がこの主張をしたのは、1901年に行った講演においてでした。その講演のタイトルが「装飾と罪悪」だったために、そのフレーズが「装飾は罪悪である」と単純化した形で理解され、広く浸透してしまったのです。

 

次回も、「装飾は性的衝動」と断言するロースという建築家について引き続き考えてみたいと思います。もうしばらくおつき合い下さい。

 



今までのお話は…

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