統計が示す「電機産業の競争力低下」本当の原因

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日本企業はキャッシュをため込む一方、投資が消極的になってきている傾向にある。その理由は何か。マクロ経済統計の分析から筆者は解き明かす。

■日本企業はなぜキャッシュをためるか

マクロ経済統計を見ると、日本企業の投資が消極的になってきているのではないかと感じることがある。特定の企業を見ると、必要な投資はタイムリーに行われているように思うのだが、マクロの統計には、国内での投資の低調さをうかがわせるような数字が散見される。今回は、このマクロの数字を見ながら、日本の産業構造の変化と国際競争力について考えることにしよう。投資の低調さは、日本銀行が発表している資金循環統計に表れている。この統計を見れば、企業部門で資金余剰が生じていることがわかる。企業が積極的に投資をしていたらこんなことにはならないはずだ。企業は投資をする代わりにお金を手元にため込んでいるのだ。

こうなる以前から日本の企業は手元にキャッシュをため込む傾向があるといわれてきた。高度成長期にも、日本の優良企業は潤沢な余資を持っていた。潤沢な余資を持つ企業こそ優良企業だという社会常識すらあった。優良企業がトヨタ銀行、松下バンクなどと呼ばれていた時代でもあった。

日本企業の資金余剰が大きくなるのはなぜか。専門家の間に定説があるわけではないが、その最大の理由として、企業経営者のリスク回避性向をあげることができるのではないかと私はみている。

日本の企業は多様な利害関係者と長期取引の約束をしている。従業員とは終身雇用の約束をしているし、顧客とは長期供給の約束をしている。サプライヤーとの間には、長期調達の約束がある。これらの約束は、文書化された契約になっているわけではない。文書化されていないから、「心理的契約」あるいは「書かれざる契約」と呼ばれることもある。文書にはなっていないが、長年にわたって遵守されてきた。これらの約束を遵守できない企業は、信頼できない企業とみなされてきた。これらの約束を守るためには、企業の存続を図ることが必要だ。そのためには、経営に余裕を持たせておくことが必要だ。この余裕を生み出す手段は2つある。1つは毎期、毎期の利益である。利益は経営の余裕のバロメーターである。もう1つが余資の積み増しである。潤沢な余資は経営の安定化の重要な手段だと考えられてきた。日本企業の利益率は低かった。それを補っていたのが、手元の余資だったといえるかもしれない。

■食品産業の投資が活発化している

企業が余資を積み増す第2の理由と考えられるのは、メーンバンク制である。日本の企業は銀行に依存する程度が大きい。ここでいう依存は、通常の状態での依存をさすのではない。むしろ、企業が危機状態になったときに再生の支援を受けるという意味での依存である。メーンバンクの再生支援の手段は、返済の猶予あるいは債権の棒引きなどである。メーンバンクは、このような支援を行うことによって、保有株式の価値の減耗を避けることができる。また、企業をうまく再生できれば保有株式の株価の回復も期待できる。預金として積み増しされている余資は、危機のときの支援に対する保険料の一種と考えることができる。本来銀行が提供している融資はリスクを負担しない資金提供である。それにもかかわらず、危機のときは、リスクを負担する自己資本と同じような性質を帯びる。そうすることによって自己資本の不足を補ってきたのである。その意味で、日本の融資は擬似自己資本と呼ぶべきものであった。銀行がこのようなリスクの負担ができたのは、不動産や株式など企業の資産価値がほぼ継続して上昇を続けていたからである。バブル崩壊以降の資産デフレの中では、銀行の貸し金に擬似自己資本としての性格を持たせることはできなくなっている。その意味で、メーンバンク制は崩れてしまったといえるかもしれない。このようなメーンバンク制度は最近ではうまく機能していない。銀行を核とする持ち合いネットワークは崩れてしまった。企業救済へのインセンティブも低下した。それに伴って企業の内部でのキャッシュの積み増しはこれまでとは異なった性質を持ち始めた。

最近の手元資金の増加は、銀行による支援が期待できないがゆえの積み増しの結果である。これまでの余資が銀行への期待の結果であったのと大きな違いである。現在の金融取引のルールの下では、銀行による危機的企業の支援は難しくなっている。そのような支援を行うと、銀行の自己資本が毀損され、銀行の存続そのものが危うくなる。企業は手元資金を積み増すことによって、自らの力で起こりうる危機に備える必要が出てきたのである。それが投資の抑制と手元資金の増加をもたらしている。最近の企業危機の例をみると、このように手元資金を積み増しても、自力だけでは、大きな危機には対応できない。それよりも、利益を厚くするというもう一つの経営安定化手段を重視すべきだろう。

目を転じて産業別の投資の動きをみてみると、さらに興味深いことがわかる。表は、2010年の有形固定資産ストックと1994年のそれとを比較して成長倍率を計算したものである。全産業では、資産ストックの伸び率は1.40倍で、製造業は1.31倍、サービス業は2.09倍。全体としてみると、サービス産業の比重が高まるという構造変化が起こっていることがわかる。製造業の内部でも構造変化を読み取ることができる。鉄鋼業は固定資産ストックを減らしている(0.92倍)。比較的堅調な投資が行われているのは、自動車を含む輸送用機械で、成長倍率は1.42倍、一般機械も1.49倍と堅調である。それに対して意外に低調なのは電機産業で1.15倍。国外への投資、海外企業への委託生産が増えているからだろう。グローバルにみると、日本の電機産業の競争力が低下しているといわれているが、それは過去の投資の低調さの結果だといえるかもしれない。産業の競争力は、国内での固定資産への投資と深くかかわっていると考えるべきだろう。製造業の中では、成熟産業だといわれてきた食品産業の投資が活発なのが注目される。伸びは全産業とほぼ同じ1.40倍である。電気・ガス・水道などのインフラ産業の投資も活発(1.47倍)であった。同じくインフラ産業である運輸・通信業も1.55倍と活発である。以前から競争力が低いといわれてきた流通卸・小売業は、伸びも低い(1.19倍)。

食品産業やインフラ産業といった国内型産業の投資の活発さが注目されるが、グローバル産業である電機産業の低調さは気にかかる。国の産業政策も、国内での投資をさらに活発にする方策が考えられなければならない。

(甲南大学特別客員教授 加護野忠男=文)