韓国での米韓FTAへの抗議デモ。現職の判事が「主権侵害の恐れアリ」と裁判所に建議文を提出した。(ロイター/AFLO=写真)

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12月3日から12日まで、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)締結を目指した第15回交渉会合がニュージーランドのオークランドで開催中だ。会議には従来の9カ国に加え、日本の交渉参加表明に刺激された新参のカナダとメキシコも参加し、米国、豪州などと合わせて11カ国が参集。来秋に大枠を決めて、来年末の妥結を目指す。

日本市場を引き入れて、すでに支配下にあるTPPを巨大市場に仕立て上げることは、米系多国籍巨大企業に「輸出倍増計画」を公約した米国オバマ政権の最重要課題である(「TPPの真実」http://president.jp/articles/-/5540 参照)。

一方、参加を検討中の日本政府は、仮に遅滞している米国との事前協議を終えて参加表明を行っても、米国議会の承認を得るために約3カ月は交渉のテーブルにつけない。そのため、早期の協議開始と交渉参加を促すための「バスに乗り遅れるな!」という科白は、野田佳彦首相を含むTPP推進派の合言葉だ。

ところが、3.11後で初の国政選挙となる衆議院選挙を目前にしたこの時期に、民主党内に不可解な変化が見える。

野党時代の08年、国会に初めて「TPP」という言葉を持ち出した野田首相が、今回の衆院選では民主党の選挙公約からこのTPPを外した。昨年11月のAPEC会議でも「交渉参加の方針」を宣言し、解散後は衆院選に向けて、「議員公認」の事実上の判断材料としてその賛否を問うた。これを“踏み絵”として解散・総選挙に臨み、「これで本物の政界再編が始まるからスッキリした」(維新の会・橋下徹代表=当時)と推進派の面々から賛同を得たにもかかわらず、だ。

選挙公約から消えたTPPは、野田首相にとって副次的な事案となったのか? 民主党を離党した議員の秘書が洩らす。

「一部マスコミにも報じられましたが、TPPの内実が日本の国民に周知されることを恐れた米国側の意向を受けたのです。選挙後の(政界再編の)焦点はTPPです。(TPP関係で)扱う書類が日ごとに増えていますから」

つまり、政界再編・第2フェイズは衆院選後、TPP参加の是非を物差しにして始まる可能性が高いというのだ。

■巨額賠償金の危険性孕む「ISD条項」

そのTPPをめぐり、この半年間に注目すべき2つの動きがあった。

1つは、6月20日付の米誌インサイドUSトレードが報じた「新規交渉参加国への条件」。メキシコとカナダに対して、「9カ国合意の事項は変更しない」「将来、現在の9カ国交渉で合意する内容への拒否権発動は認めない」「交渉中の事柄に対する添削は不可」といった条件が突きつけられたというのだ。

もう1つは、07年の米韓FTA(自由貿易協定)締結後、農業など国内産業をズタズタにされた韓国で11月21日に起きた。米ダラスが本拠の投資ファンド、ローンスターが投資紛争解決国際センター(ICSID)に韓国政府を提訴したのである。

1997年にIMFの管理下に入った韓国では、多くの企業が外資傘下に入り、主要銀行株も米系ファンド等の間で売買された。ローンスターは03年に韓国外換銀行株を安値で買収、その後香港資本の金融機関に転売を図るが、韓国政府が待ったをかけた。そこで同社は「売却の時機を逸した」として、ISD条項(交易上の何らかの規制によって不利益が生じたと判断すれば、一営利企業でも外国政府を提訴できる)を盾に訴えたのだ。

アジアにおける経済連携構想の枠組みは現在、TPP、日中韓FTA、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)協定の3つがあるが、都合次第で拡大解釈されるこうした用語の乱発はただの言葉遊びだ。米韓FTA同様にISD条項を含むTPPも同じ危険性を孕んでいる。

国際投資紛争の調停と仲裁を行う世界銀行傘下の機関「ICSID」は、提訴された国の国民ではなく、投資家の被害を優先する。審議内容は非公開。国際協定は加盟国の国内法に左右されない法的拘束力を持つため、提訴された国は自国の法解釈が通用しない。

しかも、母体の世銀総裁は常に米国人だ。現総裁は歴代初のアジア系かつ韓国系だが、最大出資者=米国の国益を守る米国人であることに変わりはない。とても公平な裁決など期待できない。金融関係者は米国寄りの裁定が下されると予測しており、「韓国政府が支払う損害賠償金は2000億円を超えるのでは」とも囁かれている。

それでも日本は「バスに乗る」のか?

(藤野光太郎 写真=ロイター/AFLO)