三菱重工業社長 
大宮英明 
1946年、長野県生まれ。都立日比谷高から東京大学工学部へ。航空工学科を卒業し、69年入社。常務、副社長を経て、2008年から現職。

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■給料袋のデザインが違う

会社全体の総合力を高めるための風土改革を進めている。三菱重工業は航空機や船舶から冷熱まで、多様な事業分野を持つことが強みである。それぞれが独立すれば10〜20社の上場企業群ができるといわれるほどだ。

しかし逆にいうと、各事業部門が部分最適を追求してしまえば効率は落ちる。そこで、技術本部やものづくり革新推進部といった専門組織を設置し、シナジー効果を発揮するように努める一方、私自身が文書やスピーチなどを通じて、しつこいくらい何度も改革の必要性を説いている。

そのときに必ず披露するエピソードがある。2002年、慣れ親しんだ航空宇宙事業本部から冷熱事業本部へ異動したときのことだ。驚いたことに、給料袋のデザインが違っていたのだ。

三菱重工は戦後の財閥解体で3社に分割されたあと、再合同を果たしたのが1964年。6年後には新従業員制度が発足し、給与体系などはそのときに一本化されたはずだった。

ところが現実には、給料袋ひとつとっても部門間に違いがある。当社は利益率が高いとはいえないが、原因のひとつはこうした事務の重複、非効率にあった。その後、子会社を設立して全社の給与計算を集約したところ、人員はなんと3分の1に収まった。

風土改革の必要性を説くときには、こういったエピソードが必要だ。トップが理念を語ることは大事だが、それだけでは受け手である社員たちは納得しない。納得しなければ動かない。

大切なのは、わかりやすい論理の筋道(理念)と、それを支える現場の事例とをセットで伝えることだ。目に見えるエピソードを差し挟むことで、誰もが問題点をイメージしやすくなるからである。

■A4・10枚を机に並べ俯瞰する

一方、論理の筋道を通すためには、大雑把な目次づくりから入り、細部を詰めていくというやり方が有効だ。たとえば中期経営計画の説明資料を作成するときの手順を紹介しよう。

最終的には担当者がパソコンでパワーポイントに落とし込むが、資料の骨子をつくり指示を与えるのは私の役割だ。この段階は、必ず手書きである。

最初に「目次」をつくる。どのような内容を伝えたいのか、紙の上に個条書きで書き出していく。ここで重要なのは、7割ほどの完成度で作業をいったんやめるということだ。

次に、A4のコピー用紙を10枚以上用意し、目次をもとに1項目ずつ内容を記していく。各項目の主題を大きめの文字で書き入れ、その下に図や絵、写真、フローチャートなどインパクトのある図版をスケッチする。図版を説明するキーワードも不可欠だ。

図版などの具体例が浮かんでこない場合もある。そのときは、だいたいのイメージを添えてスタッフらに具体化を指示する。

ここで使用するのは、新品の紙ではない。何かの資料をプリントアウトし、用済みになったものである。表にはだいたいパワーポイントのグラフが描かれている。

なぜ新品ではいけないのか。もちろん、もったいないという思いはある。しかし、別の理由も存在する。

われわれは複雑で変化が激しい現実に合わせ、新たな工夫を加えたり、別の道を探ったりしながら仕事を柔軟に進めていく。製品づくりも、計画策定も同じである。そういった「揺らぎ」や「交じり合い」が創造の現場には必要なのだ。

真新しい紙を前にすると、逆に創造性を阻害されるように感じてしまう。このことは、目次の完成度を7割にとどめることや、あえて手書きで言葉や図版をメモすることとつながっている。

別の例をあげてみよう。私はA5サイズのシステム手帳を愛用しているが、ここには手書きのメモのほか社内資料や新聞記事のコピーをファイルしてある。ファイルするときの分類は10種まで。いわば大分類主義である。あらかじめ細部まで予測し決め付けてしまうと、創造性を押し殺してしまうと思うからだ。

さて、目次の全項目を記入できたら、10枚ほどになる用紙群を広い机の上に並べてみる。それらを俯瞰しつつ、改めて全体の構成を練るのである。

このときに、目次を優先することはない。当初の目次はあくまでも想定にすぎず、適宜修正を加えていくものだからだ。したがって、構成ががらりと変わることもある。順番を並べ替えるだけではなく、ある項目について適切な説明ができないと判断すれば、別の中身に入れ替える。こうしてじわじわと改善を重ねていくのである。

■全員をつくる側に回らせる試み

大枠を決めたら、あとはスタッフに指示してディテールを詰めていく。その際に重視しているのが、副社長から部長、主任クラスの担当者までを集めた10人規模の会議である。作成途上の資料をプロジェクターで映しながら、その場で全員が意見を述べ、修正していく。

ふつうのプロセスだと、主任1人が文書をつくり、チェックする上司が3人もいたりする。これではエネルギーのロスが大きすぎる。本来は大人数で管理するのではなく、みんながクリエートするべきだ。私がやっているのは、全員をつくる側に回らせる試みともいえるだろう。

資料作成時の10人会議は、課長時代の指導法にルーツがある。

当時の仕事は、航空機の設計図を解析することだった。膨大な手間がかかる解析は、部下とともにチームで進めなくては間に合わない。そのときに、どのような意図で、どのような結果を出してほしいのかを過不足なく伝えるのは難しい。

私は当初、目的や意図を誤解なくスムーズに伝えるため、部下への詳細な「指示書」をつくるようにしていた。目的、期限、予算、参照すべき資料などを紙の上に列記し、どのようなアウトプット(計算書)を出してほしいかを明文化した。

ところが、どういうわけか十分に意図が通じない。部下が1週間もかけて作業をした結果が、私の指示とはかけ離れていたりする。考えてみれば、自分では完璧な指示書を書いているつもりでも、それを解釈し実行するのは部下である。そのことを私は計算に入れていなかったのだ。

そこで、別のやり方を編み出した。

「計算書をつくれ」と命じるのはやめて、「まず目的と成果を盛り込んだ目次案をつくってみなさい」と、射程の短い指示を出すことにしたのである。

部下は半日ほどで目次を提出する。私はそれをチェックして、やらせたいことと合致しているかどうかを見極める。そののちに、時間のかかる計算書の作成に進ませるのだ。

まずはラフな目次をつくらせ、早めに修正することでスピードと品質を確保する。これは中計の資料のつくり方と共通している。7割方の目次をつくり、細部を詰めながら全体の流れを修正する。最後にスタッフを巻き込み、質を高める作業を繰り返す。これこそが創造性を発揮する秘訣である。

※すべて雑誌掲載当時

(面澤淳市=構成 相澤 正=撮影)