『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』今野晴貴/文春新書
社会全体や大学が推し進める「ちゃんと正社員になろう」というムードが、過剰な競争を生み、毎年どっさり余る新卒を採用しては使いつぶし、その労働力で競争力をつけて成長する「ブラック企業」。その実態とメカニズムや影響を社会問題として丁寧に論じている。

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一時すごくたくさんあった「ある99円ショップ」が、急にどんどん「コンビニ系ストア100みたいな感じの店」になっていった。経営を行っていたコンビニ会社が、「支店経営」の「ある99円ショップ」から「フランチャイズ経営」の「コンビニ系ストア100みたいな感じの店」に切り替えていったのだ。

フランチャイズ契約にしてしまえばそれぞれの店舗の店長は独立した経営者だから、残業とか過労とか関係ない。以前、99円ショップが過労死寸前の若い店長に訴えられて負け、その結果学んだ対処が、これだ。(そう思わざるを得ない。)

必死に就職活動して、入社して間もなく頑張りを認められて「よし、今日からきみが店長だ!」とか言われて、断れるだろうか。しかも、オシャレでグローバルで大手で狭き門で成長企業、みたいな会社でもこういうことが起こっている。

「就職難で学生が必死に仕事を探している。それを利用して大量に採用し、こき使って利益を上げ、使いつぶして辞めさせる。」ブラック企業の典型的なイメージはこんな感じかと思う。ひどい会社だ。こんな会社にしか入れないやつが悪い?

成績優秀で語学堪能で就職も一発で決まるような「就職先を選べる」学生が集まる有名企業もこういうことをやっているんだから、もう「働く側の問題」とも言いにくいだろう。

「フリーター」「ニート」「非正規」、「気ままに暮らす若者の意識の変化」というオジサンっぽい視点で語られてきた言葉の数々だが、「ブラック企業」は違う。むしろ逆。若者が「就職しなきゃ」「優秀にならなきゃ」「勝たなきゃ」「生き残らなきゃ」と強く意識しているのを、企業が悪用している。

ずばり『ブラック企業』と題された本が出た。就職活動をしている学生や働き始めた若者へのブラック企業の実体紹介ではなく、「ほとんどすべての人に関わりのある社会問題」としてブラック企業を掘り下げた本だ。

コンビニエンスストア、外食産業など、異常な安さや便利さが売りの商売には、必ずと言っていいほど過剰なまでのコストカットと厳しい労働環境が存在している。そして時にはその過剰さが限界を超え、2012年4月にあった高速バスの事故のようなことを引き起こす。

この本を書いた今野さんはPOSSE(ポッセ)というNPO法人で実際に働く人の相談を数多く受けてきた人で、しかも実際に最近の就職状況を体験した1983年生まれだ。

この本ではブラック企業の体験談の紹介やその分析、ブラック企業への対処、そしていかにしてブラック企業が社会全体に悪影響を及ぼすか、などが書かれている。

「感謝の呪文を暗記して大きな声で唱え、姿勢が悪いとやり直し」

「コミュニケーション能力が足りないから自己分析して今日から駅前でナンパして鍛えろ」

など、話だけ聞けばバカバカしい無茶な業務命令も、いざ自分が就職した会社で発生すると恐怖だ。なにせ、辞めるときには解雇ではなく退職をさせようとしてくるし、もう一度就職しなおすためには新卒のカードは失われている。

ブラック企業は「解雇(いわゆるクビ)」の重さを知っている。それを合法的に成立させるためのハードルは高いし、経済的な負担もある。できれば自己都合、会社都合でもいいから退職に追い込めば、過酷な労働に耐えられない若者を捨てることができる。ある有名企業では、労災などの訴訟リスクを下げるため、鬱病にして休職期間を与えたのちに退職させるというルーチンができあがっているように思われるところまであるという。

冒頭に上げたコンビニチェーンの会社(ローソンストア100)の他、命を落とした人まで出してしまったあの店やあの会社(ウェザーニューズやワタミ)が、いかに反省していないかなど、大きく報道されたような話題についても論じている。各社もちろん言い分があり、裁判の結果なども載っているので、各自是非それぞれ読んで判断してみて欲しい。この本や僕が特定の会社を悪者と断じるより、事実を各自が知って考えることの方が重要だ。

そして大切なのは、いかにこういった会社の利益の上げ方が、日本社会のリソースを食いつぶしているかを丁寧に証明していく。

鬱病の増加は生活保護や医療費の増大を招き、生活の不安は少子化につながる。なにより「ズルして競争に勝つ会社」は、まじめに製品やサービスを作って適正な価格で売っている会社をつぶしていく。ブラック企業に勤めていない人もブラック企業にやられるのだ。

もしそこでブラック企業じゃない会社がもし「うちもああいうやり方をしてでも利益を上げていかないと生き残れない」なんて決断をしたら、もう最悪だ。そうでなくても、競争相手にブラック企業が存在するだけで、売り上げ不振や倒産のリスクは確実に生じる。

スキルや経験によって収入や出世が決まる純粋な競争社会ならまだ理屈は分かる。だけどブラック企業は理不尽なことに耐え、無茶な長時間労働を行える従順な社員を選抜していく。

死にものぐるいで競争して就職活動を終えたら、昇給や終身雇用の安心もなく、また次の競争が…。こういう働き方や、過剰な競争によって生まれた異常に安いモノやサービスに少しでも違和感を抱く人には是非読んでいただきたい。今野晴貴さんの『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』。(香山哲)