Webで検索しても出てこない独自のノウハウをいかに蓄えるか

仕事とは? Vol.87

ジャーナリスト 津田大介

ジャーナリスト・津田氏の「趣味のツイッター」が仕事に変わった理由とは?


■根底にあるのは「DIY感覚」。欲しいものがないなら、自分で作る

メディアを作る面白さに目覚めたのは、新聞部の部長をしていた高校時代です。部長といっても部員は僕を含めて2名。企画から取材、執筆、印刷、広告営業まですべてを自分たちでやって、年に数回、学校新聞を発行するんです。学校新聞なのに、当時は湾岸戦争とかが起きていたので国際情勢について熱く論じたコラムを書いたりして、今となっては照れますが…。自分が作った記事を媒介に「面白かったね」「あの記事って、本当なの?」と友人たちが盛り上がってくれるのがうれしかったですね。あの感覚が僕の原点です。

大学卒業後は出版社に就職したいと思っていました。雑誌を作ってみたくて。ところが、就活は全敗でした。エントリーシートや作文はほとんど通ったのに、ことごとく面接で落ちるんです。人格を否定された気がして落ち込みました(笑)。今なら、落ちたのも無理はないかなと思うんですけどね。面接で「出版社は編集だけでなく、営業や宣伝などいろんな部署があるけど、そういう部署に興味は?」と質問されて、「ないです。雑誌が作りたいです!」と元気よく答えたりしていましたから(笑)。

物書きになることは心に決めていたので、残された道はフリーのライターかなと考えたものの、僕には経験も専門分野もない。途方に暮れましたが、大学時代にパソコンやインターネットに興味を持ってしょっちゅうやっていたので、「この分野なら、自分も人に何かを伝えられるかもしれない」とふと思ったんです。そんな時に友人がパソコン系のライターさんを紹介してくれて、彼のもとでアシスタントを始め、パソコン誌やインターネット誌で記事を書くようになりました。そこを辞めて自分の編集プロダクションを立ち上げたのは、アシスタント3年目の1999年。当時はパソコン系の雑誌の全盛期で、インターネット誌だけで16誌ほど。そのうち12誌くらいで書いていて、仕事は山ほどありました。

ところが、インターネット誌は2000年初頭から減り始め、現在ではすべて廃刊になりました。僕が路頭に迷わずに済んだのは、独立して間もないころから、雑誌のライターの仕事はこの先厳しいと気づけたからです。気づいたきっかけは「ナップスター」(米国で99年に開発された音楽共有ソフト)の出現です。インターネットにつないで聴きたい楽曲を検索し、ダブルクリックするだけで音楽ファイルが無料で手に入る。著作権を無視した利用が多く、法的に問題のあるソフトでしたが、その点をクリアすれば03年にスタートした「iTunes」と仕組みは同じです。当時は「iTunes」もありませんでしたから、斬新さに驚きました。同時に、これからは音楽だけでなく出版もデジタル化され、雑誌がなくなるだけでなく、出版業界のビジネスのあり方そのものが変わるだろうと考えたんです。

でも、面白いなと思ったんですね。僕が今やっている仕事はなくなってしまうだろうけど、インターネットやデジタルというものがそれだけの力を持っているということが「すごいな」って。それで、雑誌の仕事を続けながらも、依頼されたテーマを取材するだけでなく、「インターネットがどのように社会やビジネスを変えていくのか」ということを自分のテーマに据えて活動するようになりました。

ひとつの仕事に依存していたら、自分自身も成長しないし、その仕事がなくなったら大変なことになる。そういう危機感があるので、フリーになった当初から、常に新しいことをやらなければという思いは強いです。だから、必要に迫られてというところもありますけど、新しいネットサービスが出てきたら使うのはほぼ「趣味」ですね。高校の新聞部時代から僕の根底にあるのは「DIY感覚」みたいなもので、自分が欲しいものが世の中にないなら作ってしまおうと考えるタチなんです。そういう意味では、インターネットの世界には便利なツールがいっぱいあって、DIYにはもってこい。僕にはぴったりのフィールドだったかもしれません。

ツイッターにしても、最初は面白そうだからやってみただけです。もともと新しいものに触れるのが好きですから、始めた時期は07年4月とかなり早かったですけどね。1、2カ月完全に趣味でやっていて、ツイッターのすごいところはその速報性だと思いました。それで、これは報道の仕事で使えるなと思って、取材で行ったシンポジウムなどの内容などをその場で実況中継してツイッターに流していたんです。もちろんお金にはなりませんけど、定期的に。そのうちに、僕のツイッターでの発信スタイルが注目されるようになってフォロワーが増え、「ツイッターの先駆者」としていろいろなメディアから呼ばれるようになったり、ツイッターをやっていることそのもので人脈ができたりして仕事が広がっていきました。


■自分のやったことで社会の反応をどれだけ得たか。「効果測定」が大事

フリーで仕事をするようになってから10年あまり。雑誌の衰亡を目の当たりにした経験もあって、仕事をするフィールドは固定化しないようにしてきました。もともとやっていた雑誌のライターの仕事から一歩踏み出すきっかけになったのは、02年1月に始めたブログ「音楽配信メモ」です。僕は音楽が好きで、音楽配信や著作権、音楽業界とインターネットのかかわりについては独立前から自主的に取材していました。その蓄積をコンテンツ化しようと考えたんです。ブログは無料だからお金にはならないけれど、自分だけのメディアを作るのは楽しいし、たくさんの人に読んでもらって名が売れれば、仕事にもつながるんじゃないかと思って。1年ほど運営したある日、そのブログを見た編集者から依頼があって、デジタル化の中で音楽業界が直面する問題を取り上げた『誰が「音楽」を殺すのか』(04年発行)という単行本を書き、その本を名刺代わりにジャーナリストとして評論活動をするようになりました。

既存のメディア以外でも仕事をしたいという思いがあって、友人と07年に立ち上げたのが音楽などのニュースサイト「ナタリー」です。一方で、音楽著作権問題の執筆を続けていたことをきっかけに06年から著作権審議会に呼ばれるようになり、政策決定のあり方に関心を持ちました。現在、僕は政策をベースに報道するネットメディアを作りたいと考えていますが、それは3年間にわたってこの審議会に参加して感じたことが土壌になっています。

振り返ってみると、僕は常に種まきをしている感じですね。もちろん、その中にはうまくいかなかったこともたくさんあるし、金銭的に苦しかった時期もあります。特に「ナタリー」を設立したころは出資金を出して財布が空っぽの上に、社会的活動などお金にならない仕事が多く、収入は雑誌ライターとしての全盛期の4分の1まで落ち込みました。ツイッターで名を知られるようになって仕事が増え、「ナタリー」も軌道に乗ってようやく落ち着いてきましたが、そこに安住できるなんて思えないし、したくないですね。12年夏からは先程話した政治メディアを立ち上げるための種まきをしているところです。

僕はきちんとした会社に勤めたことがないので、仕事を失うことへの危機感が強いところがあるかもしれませんが、今の時代は会社員でも状況は同じです。だから、会社に依存せず、先を読んでいろいろな新しい仕事をしていくというのは不可欠だと思いますよ。会社のルールを守った上なら、それこそダブルワーク、トリプルワークをするくらいの気概があった方がいい。それはリスクヘッジにもなりますし、僕自身の経験からいうと、仕事というのは同時並行的に進めることで相乗効果が出て、メインの仕事にいいフィードバックがあるんです。

いろいろな仕事をした方がいいと言っても、何をやっていいのかわからないという人もいるでしょうけど、思いついたことをとりあえずやってみればいいんです。今、僕が何のために仕事をしているかというと、社会の課題を解決したいという目的があって、そのために自分ができることは情報を動かしたり、メディアを作ることかなと思っています。でも、それに気づいたのってここ数年なんですよ。僕だってやりたいことが本当にわかったのは35歳くらいのとき。大学生のうちに「自分が本当にやりたいこと」が見つかるラッキーな人なんて、めったにいないはずです。だから、まずは何でもやってみるのが重要だと思いますよ。

ただ、何かをやるだけでは仕事にはならないですよね。それこそ、ツイッターだって、つぶやいているだけでは趣味以外の何物でもありません。仕事につながったのは、そこで蓄積したノウハウがあったから。仕事で大事なのは、Webで検索しても出てこない独自のノウハウをいかに蓄積するかです。では、ノウハウを蓄積するには何が必要かというと、自分のやったことで社会の反応をどれだけ得たか効果測定をすること。ノウハウというのはそのトライ・アンド・エラーを繰り返してたまっていくんです。

そのノウハウも、僕の場合は仕事だからこそ惜しみなくシェアするようにしています。これまでは、例えばコンサルティング業のように、情報を囲い込むことで価値を生み出すビジネスモデルが主流でした。でも、今進んでいる情報の共有化、無料化の流れは止めようがありませんから、これからは情報そのものよりも、その情報で世の中をいかに動かせるかが重視される時代になっていくでしょう。だからこそ、シェアされるような情報をどれだけ持っているかというのは、どんな仕事をするにしても重要なスキルになっていくと思いますね。