『「東京」に出る若者たち』(ミネルヴァ書房刊)。

写真拡大

■ 南相馬のローカル・トラック

小学校の養護教諭になりたい原町高校2年の立花沙耶香さん。第一志望は埼玉大学。なぜ埼玉大なんですか。

「親戚が多くて。全然知らないところに行くよりは、親戚とかがいて知ってるところに行ったほうが不安とかもないし、いいかなと思いました」

『「東京」に出る若者たち』という本がある(石黒格、李永俊、杉浦裕晃、山口恵子/ミネルヴァ書房/2012年刊)。若手の社会学者たちが、青森の弘前大学を拠点に、東北の若者たちの進路(進学・就職)と社会移動の実態を研究した労作だ(この連載も同書に多くのヒントを得ている)。巷間流布する「若者論」のほとんどが都市部の若者を調査対象とし、「地域間移動と人間関係を、地域間格差までを視野に入れて検討した調査の事例はほとんどないのが現実である」(同書p.142)——と、若者論が地方の実態を無視していることへの"異議申し立て"が本書の特徴になっている。進路指導に携わる東北の高校教師全員に読んでほしい本だ。その中に、注目すべき一節がある。

「東北五県出身者は東京圏に移動したときに、両親からのサポートこそ受けにくいものの、広い範囲の親族からサポートを受けうる状態にある」(同書p.159-160)

なぜ、そのサポートが可能なのか。

「東北出身者は東京圏に移動しやすい。そして、そこから先に、さらに移動の足を延ばす理由が少ない」「現代の、東北地方出身の若者たちが辿るローカル・トラックは、数年、あるいは一世代、二世代前に同じ東北地方の出身者が向かったのと同じ目的地に通じているのである」(同書p.143-144)

「ローカル・トラック」とは、地方の若者たちの進路が一定の形に収斂していく状態を指す語だ。運命的・強制的に定められた「レール」とは異なる。若者自身の意思で進路を選択したとしても、それは地域特性によって条件が制限されており、「トラック」に乗ったあとの進路もまた定められた方向に向かう。こうやって書くと否定的な語のように読めてしまうのだが、ここでは、世代を重ねたトラックがつくってきた轍が、「東京に行けば、親戚の誰かがいる」という、東北の高校生にとっては(そしてわが子を送り出そうとする親たちにとっても)大事な「インフラ」になっていることばとして捉えたい。

九州の高校生ならば、進む先は域内の博多、関西、中京、首都圏……と、複数の選択肢が考えられるだろう。だが、東北は「すぐ隣」に首都圏がある。一方で、東北には大学のバリエイションが少ない。域内の選択肢の少なさ。隣接する首都圏。進路を考える時、これが他の地域とは異なる東北固有の特徴だと気づく。

ローカル・トラックの先にある進路は、東北にUターンするのか、しないのか。立花さん、養護教諭として勤める学校の場所は福島県内ですか。

「いや、別にこだわってないです。福島に残って先生してもいいし、東北6県を出てもかまわない。埼玉県でもかまわない。でも、いま原町とか相馬から、関東とかいろいろバラバラなところに引っ越している人がいるから、その福島出身の人たちが『子どもを産む』となったときに、多く集まっているところに行きたいけど」

こちらが進路と居住地の話を聞く。聞かれた側は、こだわりはないと語る。その話の中に、この町から多くの人が出て行ったという事実が、すっ、と入り込んでくる。最初にインタビューした朝倉さんの話の中にも、「若者たちが出て行くのも少しは減るとは思うんで」ということばがあった。1年間で人口の3割近くが減る町で起きていることは、高校生たちの日常生活の一部なのだ。

「TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」の3週間で、立花さんは合州国で働いている看護師に仕事の話を聞く機会があった。仕事場は国境の向こうでもOKですか。

「はい、喋れれば(笑)。アメリカでナースの仕事をしている日本人の人に、時間があれば、資格の取り方とかもっと詳しく聞きたかったです。アメリカで(会った)幼稚園だか保育園の先生に『養護教諭みたいな資格ありますか』って聞いたら、そういう資格は特になくて、学校に(日本の養護教諭と同じ役どころで)居るってなると、ナース(=看護師の資格を持った者)として居るようになるから、そういう資格を取らないといけないのかなって思って」

資格以外に、小学校の養護教諭に要るものは何だと思いますか。

「中高生とは違う接し、小学生との接し方っていうか……養護に必要な知識以外にも、コミュニケーション能力とか。子どもたちに相談されたときの練習とかはないわけだから、そういうことも慣れておかなきゃいけないと思うし、どんなことを言われても、ちゃんと答えられるようになっておく必要があるのかなって思います」

「子どもたちに相談されたときの練習とかはない」ということばが強く印象に残った。立花さんの中には、現場に出たとき、自分が子どもたちから何を求められるかのイメージがあり、そのための準備が必要だという意識がある。「TOMODACHI〜」に参加した高校生たちの Facebook グループを見ていると、こういう意思に何度も遭遇する。三陸で高校生たちが開く、小さな子どもたちのためのイベント開催とスタッフ募集の告知が出ていた。隣町から参加する高校生がこう書いている。「保育系のボランティアには積極的に参加したいと思ってさ」。

次に話を聞いた高校生も、小学校で働くことを志望している。

■「(笑)」と「(泣)」の位置が逆

佐藤麻優(さとう・まゆ)さんは原町高等学校2年5組(一般コース)。文系志望だ。「父は原町の教育事務所、母は隣町の中学校で務めています」。立花さんと同じく相馬市に家がある。取材のときは将来の仕事の話を訊くことを優先していたので、被災状況を訊くのは後回しになった。取材後にメールで訊くと、こういう返事が返ってきた。

「放射能の影響があったのでほとんど家で過ごしていました。というか、家から出させてもらえませんでした(笑)。家の中では、できる範囲で高校の準備をしたり、好きなピアノを弾いたりしていました。あとは、いつから高校が始まるのか、学校から直接電話が来るシステムだったので、電話を待っていました。勉強は取っていた通信教育を少しずつ進めていましたが、正直、ほとんどやっていませんでした(泣)」

「(笑)」と「(泣)」の位置が逆のように思えるが、じっさいに佐藤さんはこう書いてきている。東京で勝手に想像する「大変な被災地」と、じっさいにそこで暮らす高校生の感覚は、こちらの思い込みにぴたりと重なるものではない。前述のように、震災直後の原町高校は5月9日にサテライトキャンパスを使って授業を始める。それまでの間「好きなピアノを弾いたりしていました」という佐藤さんが目指す仕事は、それを活かすものだ。

「小学校の音楽の先生です。中学校とか高校じゃなくて、小学校がいいんです。きっかけはいっぱいあるんです。まず、ちっちゃい子が好きだから。あと、3歳の頃からピアノを習っているんで、音楽を生かしたいっていうのと。あと、小学校5年生のときの担任の先生が音楽の先生で、すごいいいなって」

小学校の音楽の先生になるため、どの大学に行くというイメージはありますか。

「理想は東京学芸大学です。第二志望はまだ決まっていません。小学校の音楽専攻(課程を持つ大学)っていうのが少ないんですよ。音大とかからも行けるんですけど、やっぱり教育学部から行きたくて。そのためには、普通の学力プラス、二次試験とかに実技のテストがあるんですけど、それで使うのがすごい難しい曲なので、いま半年ぐらいピアノやめてるんですけど、もう1回再開して。プラス、やっぱり小学校だから、ちっちゃい子と一緒にやる音楽も知らないといけないし。小学校の先生なんで、5教科全部教えるじゃないですか。だから、そっちもやっぱりちゃんとやらなきゃいけないっていうか」

「TOMODACHI〜」のプログラムで話を聞いた大人たち。誰の話が印象に残っていますか。

「外国人の旦那さんを持つ美容師さん。ホームステイをしながら学校に通い、その家のベビーシッターをしていて保育士を目指していた方。アメリカで日本のお寿司屋さんを営んでいる方」

美容師、ベビーシッター、寿司屋。バラバラのように見えるが、そこには共通項がある。

(次回に続く)

(文=オンライン編集部・石井伸介 )