愛知県西尾市の愛すべきレトロゲームセンター「天野ゲーム博物館」とは?

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報道ステーションやニュースプラスワンなど、全国ニュースがこぞって取り上げる夢の国がそこにはあった。

名古屋駅から名鉄で約1時間。

西尾駅すぐの「天野ゲーム博物館」を、ライター中宮タカシが直撃取材した。

扉を開けると懐かしのテレビゲームの数々が、筆者を待ち受けていた。

インベーダー、パックマンといった有名なゲームはもちろんのこと、ダライアス3画面筐体(きょうたい)機やガントレット、ロストワールド2・エコロジーなど。

もはや他ではお目にかかれないマニアックな名作まで、約100タイトルがずらりと並ぶ。

この博物的価値の大きさは、あのトヨタ自動車などがイベントに出展するために貸してほしいと頭を下げてくるほどだ。

店に出ていない基板が物置には山と積まれ、不定期に作品を入れ替えているというのだから、常連さんにとってたまらないことこのうえない。

しかも朝の9時から夜中の0時まで、なんと「年中無休で」営業しているというのだ。

取材当日、名鉄西尾駅に降り立った筆者は駅の観光センターに直行し、博物館までの行き道を訪ねた。

「お好きな方々が全国からいらして、ここでよく場所をお尋ねになるんですよ」。

受付の女性は柔らかくほほ笑む。

ゲーム博物館へ到着するまでの間、道を教えてくれた地域の人々も、面倒くさがることなく誇らしげに行き道を教えてくれる。

「天野ゲーム博物館」には、「隠れ家」という言葉がふさわしい。

大通りに面しているのに、注意しないとうっかり通り過ぎてしまうほどだ。

今年75歳の天野館長のこだわりで、外観も隠れ家的な建物に設えられている。

しかし一歩中に入ると、広々とした魅力的な空間でゲストを包みこむ。

そこにあるのは単なるレトロゲームの陳列ではない。

まさに人間の夢の歴史なのだ。

ゲームマニアたちの夢、地域の人々と交流と助けあいにより運営されてきたつながりの夢、ゲームの配置から椅子や建物の内装にまでこだわった館長の夢。

数えきれないほどの夢が、ここにはぎっしりと詰まっている。

日曜祝日の店内は、足の踏み場がないほどの人々で埋め尽くされる天野ゲーム博物館。

ひとりで黙々とプレイするゲーム機と違い、ここでは筆者も他の客も館長も、みんなが仲間であり友達だ。

プレイしていると周りにギャラリーができ、巧みなプレイには称讃(しょうさん)と驚嘆の声がこだまする。

高スコアには万雷の拍手が送られ、誰もがゲームの腕ひとつでヒーローになれるのだ。

ジュースがおごられカップラーメンが振る舞われ、ゲームを絆にして人々が出会い、ここでひとつになる。

ここで生まれたカップルも多く、その後、結婚して子を産み、一家そろって再びここを訪れるというのだ。

子供が見たこともない20年近くも前のレトロゲームのやり方を、両親が楽しげに教える。

いつもは見せない親のはしゃぐ横顔と巧みな腕前に、子供たちは驚きつつも、その新鮮な体験に共鳴していくのだ。

ここは男性客や家族連れだけでなく、若い女性の姿も目立つ。

なぜか? 最近のゲームは、対戦タイプなどが主流であり、操作を覚えるのが難しい。

しかも、数分で100円玉が吸い取られてしまう。

しかし、ここにあるようなレトロゲームはシューティング系が多く、操作法がカンタンなのだ。

さらに100円玉1枚で長時間遊ぶことができる。

そんなわけで、北は北海道から南は沖縄まで、まさに日本全国から多くのゲームマニアが押し寄せてくるのだ。

知人友人と車やバスに乗り合わせ、朝から夜中までゲームをプレイし倒し、中には、6カ月もホテルから通い続けたつわものもいると言う。

このゲーム博物館に対する館長のこだわりと気配りたるや、並外れている。

建物は昔のゲーセンの雰囲気を出すために、タイルだけで2,000万円近くを投資、身分証明証の提示が必要なVIPルームでは、半端ないふかふか具合の椅子が用意されている。

今やメーカーでも修理できないゲーム機本体は、基板のハンダ付けまで館長ひとりがこなすというから驚異的である。

採算度外視、出血大サービスとはこのことだ。

館長は「やりたいことをわがままにやってきた私に今があるのも、皆さんのおかげ」と目を細める。

その言葉にうそはない。

周辺住民もお客も、皆がこの憩いの場を、誇らしげに語っているからだ。

天野ゲーム博物館は、ただのゲーセンでもなければ、まして過去の遺物を陳列しただけの博物館でもない。

ここは現在進行形で最高のエンターテインメントを提供し続ける場であり、同時に人々が絆をつくり、確かめ合えるコミュニティーでもあるのだ。

あなたも100円玉を握りしめ、この夢と絆の世界に一度、飛び込んでみないか!?