TOTO会長 
木瀬照雄 
1947年、福岡県生まれ。鹿児島ラ・サール高校から、京都大学教育学部卒業後、70年、東陶機器(現TOTO)入社。2000年、取締役上席常務執行役員マーケティング本部長。02年、取締役専務執行役員販売推進グループ長。03年、同社において戦後最年少で社長就任。09年より現職。

写真拡大

宮本輝の小説を本格的に読み始めたのは、いまから20年以上前。読書家だった上司から「君と同じ生まれ年の作家だから」と、『海岸列車』をポンと渡されたのがきっかけでした。幼いとき母親に捨てられた兄と妹の物語です。

当時の僕は営業企画本部長になる前後の時期。忙しい毎日でしたが、1時間以上かかる通勤電車の中で読み耽りました。以後、ほとんどの作品を読んでいます。

どこが好きかと問われれば、1作ごとに趣の違った「絵」を見るような鮮烈なイメージを残してくれる点でしょうか。同年代ということもあり、物語の根底に流れる背景などに共感するところも多かったのです。

若い頃は人と話をするのが大嫌いで、会社に入ってからも「営業だけはできません」と宣言していたほどでした。ところが、結局、営業の最前線を歩き続けることになり、いまでは人と会って話をするのが大好きになりました。これは宮本輝をはじめ、多くの小説を読んだことと無関係ではないと思います。作中人物の生き方に共鳴したり、俺とは違うなと感じたりしながら、人に対する興味が増していったのでしょう。『月光の東』は、塔屋米花という数十年も消息不明となった主人公の女性をめぐり、旧友が自殺するなど登場人物が愛憎渦巻く葛藤をくりひろげながら彼女の半生の謎をたどるという物語です。しかし、そんな中にも人間というものを肯定している作者の優しさが感じとれる。これは、宮本氏の作品全体にいえることです。

社会においても、企業という組織においても、まずは人に関心を持ち、一人一人が持っているよい部分を認めていくことが大切なのだと改めて考えさせられました。

大手住宅メーカー相手の営業からエンドユーザーに近い部署に異動したのは、ちょうどウォシュレットが発売される前年でした。1979年のことで、いまでは誰もが知る商品ですが、当初は“全く新しい文化”。多くの人にいかに認知し理解してもらうか――現場の苦労は尽きませんでした。

まず、実際に利用してくれた人たちの声を繰り返し聞くことから始めました。顧客の声をひたすら聞きながら商品の未来を考えることは、小説を読むことと似ています。一冊一冊から具体的な教えを得るというより、何冊も読んだ本が積み重なり、いつしか生きる糧となっていく。

事業を革新したり、企業理念を考えるうえで私が重要だと思うのは、「こうありたい」という未来から逆算して物事を見ること。そのためには人間の普遍的な思いや心の機微を理解することが必要ですが、小説を読むことで得られる蓄積は無視できないと思うのです。まずはこれだと思った作家の作品を片端から読んでみるといいのではないでしょうか。

たとえばクレームに対応する形で機能を改良するのは一種の対症療法であり、過去の成功体験の延長線上に物事を考えているにすぎません。しかし、そもそも商品が何のために存在するのかと発想できれば、思考は具体的な未来へとつながっていく。鉛筆という道具を例にとると、「書くため」という視点から見ることで、従来の鉛筆とは全く異なる機能を兼ね備えたワープロやパソコン端末の誕生へとつながったのでしょう。

ウォシュレットという商品も市場の成長の中で思考を重ね、商品の未来を見据える努力をしました。いま、以前なら到底不可能と考えられていた夢の機能がいくつも実現しています。読書という習慣がそのヒントをくれたことは間違いありません。

■木瀬照雄氏厳選!部課長が読むべき本

部課長にお勧めの本

『やっぱり変だよ日本の営業』宋文洲著、日経ビジネス人文庫

日本の営業の問題点をあげて改革を勧める本。いまだに長時間労働が評価されがちな日本企業だが、仕事の本質を見据え、ムダをそぎ落としてこそいい仕事ができるのだという部分に非常に共感した。10年ほど前に当社で経営改革をやったとき、著者にお会いする機会があり、手に取ったのだが、自分たちがやっていることとまったく同じことを説いており、お会いしてからも非常に意気投合し、以来おつきあいが続いているほどだ。

『反経営学の経営』常盤文克・片平秀貴・古川一郎著、東洋経済新報社

「 カネ」を主軸におくアメリカ式の経営学ではなく、「創造の喜び」「社会のため」といった部分に軸をおく日本型経営を確立すべきだと説く1冊。働くことの本質というものをよくとらえていると思う。

※すべて雑誌掲載当時

(小山唯史=構成 大沢尚芳=撮影)