『楽しむことは楽じゃない〜プロサッカー選手に見る、生き残り術〜』(寺野典子/河出書房新社)
年齢、身体、環境、立場…変化という現実を受け入れ乗り越えてきた、14人の選手たちから学ぶ人生の戦術。

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「この会見場に来るまでも『辞めなきゃいけないのかな…?』とか『なんとか続けられないかな』という思いも沸き上がりました。まだ未練たらたらです(笑)。これでリハビリを終えるつもりもないですし、それでまたバリバリになったらカムバックするかもしれません。その時にはまた会見を開くので、皆さんまた来てくれますか?(笑)」

引退会見でのカムバック宣言など前代未聞!  でもらしいといえばらしい引き際だ。
スポーツ選手の辞め時、というのはいつの時代も難しい問題。悔いも未練もなく引退できる選手の方がむしろ少数派だろう。特に、サッカーの選手寿命は短い。言い方の良し悪しはあるにせよ、「ベテラン」と呼ばれる選手たちが必死にもがき、年々下がっていく運動能力と折り合いをつけ、それでもまだ現役にこだわる姿は、どこか切なくもあり、美しくもある。

先ごろ刊行された『楽しむことは楽じゃない〜プロサッカー選手に見る、生き残り術〜』は、そんなベテラン選手たち14人に焦点を当て、移籍や年俸ダウンを受け入れても、さらには引退をしても尚サッカー界に身を置き、生き続ける姿を追ったノンフィクションだ。


たとえば、日本サッカーをW杯に導いた「ジョホールバルの歓喜」の立役者、野人・岡野雅行。
今なお、J2のガイナーレ鳥取に所属し現役で奮闘する岡野は、走り続ける理由を次のように語る。
「今、俺が背番号30をつけているのは、『30代の代表』だという思いがあるから。確かに不景気だし、30代の選手が解雇されるのにはいろいろ理由があるのもわかるけど、それでも見返してやりたい。『30代でも走れるぞ』って気持ちなんです」

チームにプロ意識を植え付けるために叱るときはしかる「父親」の面をみせつつ、褒めるときは少し大げさと感じるくらいに褒める「母親」のような細かい気配りも忘れないという。
鳥取だけではなく日本サッカー全体を盛り上げていきたいという願いを持ち続け、だみ声をはらし、チームメイトを叱咤激励しながら今も現役を続けている。


たとえば、ジュビロ磐田の黄金期を「ボランチ」として支えた福西崇史。
2008年に現役を引退し、現在、五輪などのビックイベントも担当する人気解説者は、「解説業」の難しさを現役時代に重ね合わせて次のように語る。
「解説もサッカーも、似ているところがあるよね。最初は、うまくなりたいと周りの選手の真似をするところから始まり、だんだん自分らしさを出せるようになっていく。これはサッカーに限らず、なんでも一緒じゃないかな。やっぱり個の力がないと、プロとしてやっていくのは難しいから」

解説でも「個性」を求めていく姿は、個性派集団・ジュビロ磐田の出身者らしい発言だ。
しかし現役晩年、立場や所属クラブが変わると、周囲との「個性」の差に悩まされ、自分が変わるべきなのか、妥協するべきなのかの迷いを抱えながら過ごしていたことを吐露する。つまりは「自分らしさ」を守るための引退だったのだ。


たとえば、このほど熊本ロアッソへの完全移籍が発表された、柏の魂・北島秀朗。
今季途中に移籍した熊本への想いを次のように語る。
「熊本へ来て、感化されるというか、すごくいい影響をたくさん受けた。単純に同じJ2といっても柏時代とはまったく環境が違う。熊本はお金のないクラブです。でも、そんな中でも一生懸命工夫している。厳しい状況だけど、チームをどう強くするのかということを必死に考え、社長、スタッフ、監督、選手が協力し合い、助け合っている。(中略)僕はこのチームをなんとか強くして、もっと陽の当たるチームにしたいんです」

現在までに八回の手術を繰り返したという膝は、骨と骨のクッションとなるべき軟骨が全てなくなり、階段を下る姿を見た人から「サッカー選手の下り方じゃないでしょ」と言われるほどの状態。それでも尚、熊本の選手たちに「勝つことの意味」を伝えるため、度重なる戦線離脱を繰り返しながらも自分のプレイを見直し、今なお成長しようとする。


上記3人以外にも、服部年宏、伊藤輝悦、田中誠、森岡隆三、吉田孝行、柳沢敦、吉原宏太、古賀正鉱、大黒将志、市川大佑、そして松田直樹の「あきらめない生き様」が登場する。
多くの選手が日の丸をつけて世界と戦い、日本サッカーを支えてきた面々だ。
ある者は、現役を続けるために自ら変わることを決意し、ある者は、あえて変わらず「等身大」の自分でいることを選択する。また、解説者の道を選んだ者、指導者の道を選んだ者、その道程は十人十色だ。
それでもサッカー界で生き続け、チームを強くしたい、日本サッカーをもっと良くしたい、という思いに溢れている。その蓄積が、日本サッカーのレベルを底上げし、サッカーファンを増やすことにつながっていくのではないだろうか。


引退会見において、中山雅史は次のようにも語った。
「今後どう関わるかは、まだわかりませんが、日本のなかでサッカーが文化になって欲しいですし、もっともっと愛してもらえるように関わっていきたいと思います」

ここにもまた、現役を退いても尚、サッカーに携わり続けたい男がいる。
こうして、「サッカー愛」「サッカー文化」は、日本の中にさらに積み重なっていく。
20年目のJリーグは終わりを告げ、また来年、21年目のJリーグが始まる。
(オグマナオト)