『伝説のプロ野球選手に会いに行く〜球界黎明期編〜』(高橋安幸/廣済堂文庫)
「現代野球の始祖」苅田久徳、「猛牛」千葉茂、「怪童」中西太をはじめ、金田正一、杉下茂、西本幸雄、小鶴誠など「伝説のプロ野球選手」に会いに行き、話を聞き終るまでを描いた極私的ルポルタージュ。「解説的対話 伝説のプロ野球ファン大瀧詠一に会いに行く」もオススメ。

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今シーズン途中でヤンキースに移籍し、輝きを取り戻したかに見えるイチロー。FAとなりヤンキースに残留するのか移籍するのかは現状未定だが、今から来季の活躍が楽しみでならない。

そんなイチローの「業績」と聞いて何が浮かぶだろうか。
10年連続の200本安打、
262本のMLBシーズン最多安打、
記録更新中の日本人通算安打記録 etc.
挙げればそれこそきりがなく、「イチロー伝説」なんてまとめサイトができるほどなのだが、見過ごしがちな点がひとつあると思う。それは、「歴史を掘り起こす男」であることだ。

イチローが毎シーズンのように偉業を成し遂げ、記録を更新するたびに振り返られる日本プロ野球界、そしてMLBの歴史。あまりに古い歴史のためこれまで誰も顧みなかったような往年の選手の名前、伝説の記録の数々がイチローの足跡とともに蘇り、日の目を見る過程をこれまで何度も目撃してきた。イチローは、シャベル代わりの細いバット一本で野球界の遺跡を掘り起こす考古学者のようでもある。現在を生きる我々は、その「歴史」の重みを知ることで改めてイチローの偉大さと、野球という競技の奥深さを知ることができる。

そんな風に、「野球の歴史を振り返り、発掘する」過程は、たまらなく楽しいものがある。
スポーツライター高橋安幸が、現役時代も知らないまさに「伝説のプロ野球選手」に直接会いに行き、話を聞き終えるまでの過程を描いた極私的ルポルタージュ『伝説のプロ野球選手に会いに行く 〜球界黎明期編〜』も、「野球の歴史を振り返る」まさに野球考古学的な一冊だ。

この『伝説のプロ野球選手に会いに行く』は、野球専門誌において90年代後半から連載を続け、その後も掲載誌を『野球太郎』に移して今も継続中、かつて単行本化もされた名企画だ。本書はその増補改訂文庫版として、14年をかけ50人近い「往年の名選手」の中から、戦前・戦後間もない時期の「日本野球の黎明期」において活躍した選手12人を中心に構成し直したものになる。

「猛牛」の愛称で親しまれ、名二塁手・ライト打ちの名人として活躍した千葉茂。
その千葉茂から「現代野球の始祖」と評され、ベーブ・ルースとも戦った苅田久徳。
球界の「天皇」、史上唯一の400勝投手・金田正一。
「フォークボールの元祖」、あの佐々木主浩にも教えたフォークの神様・杉下茂。
神様・仏様・稲尾様でおなじみ、「鉄腕」稲尾和久……などなど、誰もが知っている伝説のプレイヤーもいれば、よほどの野球ファンでなければ知らないような歴史上の人物たちが勢ぞろいしている。
著者は、その「伝説のプロ野球選手」について書籍や文献、記録を振り返り、ライター仲間や「野球記録の神様」宇佐美徹也氏などの協力を得ながら、「誰もが知っている有名な伝説は本当なのか」「その伝説が生まれた理由はどこにあるのか」を愚直に探っていく。
好好爺のように楽しく、懐かしく過去を振り返る人物もいれば、自らの栄光の歴史という「聖域」に踏み込ませまいとなかなか相いれようとしない者もいる。
本書はその過程を、ただの一問一答形式のインタビュー集とするのではなく、伝説を目の前にした緊張感、驚き、迫力をそのままにルポルタージュル形式で綴ったところに魅力がある。「ワシのことなど、どうでもいい」と、質問に対してストレートに受け答えしてくれない「天皇」金田正一とのやり取りなど、読むだけでその場の緊張感が伝わってくるはずだ。

また、「伝説の野球選手」の証言から、現役の選手とのつながりや系譜が見えてくるのも本書の面白さのひとつ。たとえば、いまだに語り継がれる「160M弾」でおなじみの「怪童」中西太。
爆発的な打棒の秘訣が「三原監督譲りの遠心力野球」にあり、その「遠心力野球」を支えるために「内転筋を鍛えていいエンジンを作った」と明らかにした中西は、引退後の長い指導者生活において、数多くの選手にその秘訣を継承していく。現役選手の中でその系譜を受け継ぐのが、なんと「守備の人・宮本慎也」だというから驚かされる。
一流の守備力を持つ宮本の「エンジン」に注目した中西がアドバイスを送り、その教えを信じて練習を繰り返した宮本は、今年見事に2000本安打を達成した。日本のプロ野球史に刻まれる新たな「伝説」と言えるだろう。

著者・高橋とのやり取りの中で、中西太は次のようにも語っている。
《キミらがマジメにやっとるようやから、ここまでワシは話してやっとんのやぞ。普通、ちょっとかじりにくるだけや。そんなもんに話してもしゃあない。ここまで話すときというのは、もう、遺言のつもりやからな》
そう! この本は、「伝説のプロ野球選手」たちの遺言集でもあるのだ。事実、取材時点で高齢の方が多く、その後に天寿を全うした「伝説」も多い。連綿と続くプロ野球史の1ページを最後につないだ、と見ることもできるだろう。

近年、復刻ユニホームなど「プロ野球の過去」を振り返る企画は増え、球界の歴史に興味を持つ機会も多くなっている。そんなとき、本書『伝説のプロ野球選手に会いに行く』が、過去に思いを馳せる一助になるのではないだろうか。
(オグマナオト)