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■日本の会社はネガティブ空間

企業がお金(利益)を生み出すには社員の結束が必要だが、その半面、社員の間には、出世を競うライバルという関係性もある。

インターネットのソーシャルコミュニティーの世界では、特定の人物が、問題発言などでほかの参加者からネガティブ評価を受けるケースがある。そうなるとコミュニティーにはいづらくなり、その人間はコミュニティーを退出、別のコミュニティーへと移る。

では会社はどうだろうか。

日本の会社は社員という共同体によって構成されている。そこでの人事は、経営者や人事部が一方的に決めるのではなく、「あいつは仕事ができる」という社員コミュニティーの評判によって決定される。上司や部下や同僚たちの評判を獲得しなければ出世できないのが、日本型の人事制度であり、日本の会社では「評判獲得ゲーム」が展開されているのだ。

この日本型人事制度では、つねに周りの目を気にしながら曖昧な基準で競争を続けることを強いられる。地位や職階で業務の分担が決まり、競争のルールが明確な米国に比べて、はるかに過酷な競争である。そのうえ、大きな成果をあげても金銭的な報酬で報われることはない。

そこで、失敗せず、恨まれず、そこそこやっていくのが、日本のビジネスマンの最適戦略になっている。

結果、日本の会社は他者を積極的にポジティブ評価することをやめ、ネガティブ評価が集まるネガティブ空間になりかねない。窮屈さは増すばかりだ。

しかし雇用が流動化していない日本では再就職の壁は厚く、会社組織からの退出は容易ではない。結果、過労死や自殺で命を失う中高年のサラリーマンが後を絶たない。企業のお金を生み出す力も弱まり、企業の成長は限定的になってしまうだろう。

「日本的経営は社員を幸福にする」――。誰もが信じて疑わない「常識」だが、図をご覧いただきたい。実は日本人は会社が大嫌いだったのである。

そこそこやっていくのでは誰からも評価されない。哲学者のヘーゲルは、人はつねに他者の承認を求めて生きている、といっている。人は評価されてこそ幸福感が得られるのであり、誰からも認められなければ、どれほどお金があっても幸福ではないのだ。

個の話に偏っているようだが、個を磨くことなしに、会社の成長はないのではないか。市場原理主義は非難され、古きよき雇用制度による日本的経営を正しいとする声もあるが、前述のように、それが日本の会社の窮屈さを生み出している。市場原理主義の米国より、社員の満足感が低いという驚きの調査結果もあり、それは明らかだ。

世間から隔離された会社組織の中で行われる日本式ゲームでは、せっかくの評判も外の世界に広がらない。高度化した知識社会のスペシャリストやクリエーティブクラスは、市場で高い評価を獲得することで報酬を得る。

たとえば映画製作においては、優れた人材に次々と声がかかり、高額な報酬が提示される。企業が成長するにはこのような映画型の評価システムが必要であり、日本の会社もそう変わっていくはずである。今は過渡期だろう。

だとすれば個の能力を磨く必要がある。会社組織の中から退出する道もあるが、社内から評判を得るだけでなく、業界内に評判を広げる、という選択肢もある。マイケル・ジャクソンにはなれなくても、ニッチジャンルのスターになることはできる。自分マーケティングである。それが実現できる社員が会社内に増えていけば、それは会社の力となって利益を生み出す。

少し辛口になるが、自分に対する他者の評価が妥当か(過剰評価されていないか)も、分析しておきたい。

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作家 橘 玲
1959年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。2002年に小説家デビュー。近著に『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』。

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(作家 橘 玲 構成=高橋晴美)