もしも科学シリーズ(21):もしも世界一寒い場所で暮らしたら


今年の11月19日、大分県・湯布院町で気温マイナス1.3℃が観測された。温泉街として知られるその地は平年2.8℃というから、暖冬どころか厳しい冬になりそうだ。



もしも世界一寒い場所で暮らしたらどうなるのか?慢性的な凍傷と壊死(えし)、息を吸うだけで肺はダメージを負い、最後は心停止が待ち構えている。自然の驚異におびえながら室内に引きこもり、南国を夢見て余生を過ごすしか道はなさそうだ。





■息もできない冬



ギネス世界記録の最低気温は、1933年にロシアのオイミャコンで観測された-68℃。気象庁の観測記録では、日本の最低気温は1902年の北海道・旭川の-41.0℃だから、5割以上も寒いことになる。ギネス非認定ながら、観測史上もっとも寒かったのは1983年の南極・ボストーク基地の-89.2℃。プラス90℃なら熱湯とイメージできるが、-90℃の世界はなにが起きているのかすら分からない。



身近な物質が凍る温度(凝固点)をみてみよう。ただし、銘柄や濃度の違いがあるので、あくまで目安としていただきたい。



 ・水 … 0℃



 ・海水 … -2℃



 ・自動車の冷却液(標準地仕様) … -15℃



 ・ディーゼル燃料 … -30℃



 ・しょう油 … -40℃



 ・バッテリーの電解液 … -40〜-75℃



 ・ガソリン … -95℃



家庭用の冷凍庫は-18〜-20℃程度だが、オイミャコンでは自然の力でしょう油が凍る。屋外ではディーゼル発電機も使えない。



体感温度も重要だ。吹きつける風が体温を奪い、ただでさえ低すぎる気温をさらなる凶器へと変える。無風なら-29℃でも、秒速4〜5m/sの弱い風が吹くだけで体感温度は-44℃となり、10m/s程度になれば-66℃まで低下する。



防寒具なしで外に出れば、-44℃なら1〜2分、-50℃で1分前後、-66℃なら30秒程度で全身が凍りつく。まつげが貼りつき、目の表面も凍り、吐く息に細かい氷が混ざり出す。15℃程度でも毛細血管がダメージを受けて「しもやけ」ができるのに、この温度は細胞も組織も破壊し尽くし、軽度でも凍傷、重度なら腕や脚ごと壊死(えし)して切断を余儀なくされる。



呼吸も重労働になる。吸い込んだ冷気がエネルギーを奪い、酸素を取り入れるたびに体温が下がる。吐く息はつららとなって顔にまとわりつく。やがて肺も気管も凍り窒息死する。



あ〜めんどくせえ!! 息をするのも面倒でイヤだ。



■2℃の境界線



どんなに風を防いでも、どんなに防寒具を着込んでも、体温が下がれば恒温動物は生きていけない。人間の体温の目安は37℃、個体差があっても36〜38℃内が一般的だが、直腸など、からだの中枢が冷え切ってしまうと低体温症に陥(おちい)る。



軽度なうちはからだが震え、手足が麻痺(まひ)し細かい作業が困難になる程度だが、35℃を下まわると激しい震え、つまずいて歩けない、言語が不明瞭になるなど深刻な症状がはじまる。たった2℃の差が、生と死の境界線となるのだ。



さらに低下し32℃ほどになると、からだの震えが止まる。冷え切ったからだには、体温を上げるために震えるエネルギーすら残っていないのだ。立ち上がることも、生命を維持する機能もおぼつかなくなる。意識がもうろうとし、幻覚や錯乱状態に陥る。



中枢体温が30℃に下がると、心拍数が激減し意識を失う。脈はほぼ無くなり、呼吸も毎分1〜2回程度で仮死状態となる。不整脈や心室細動がはじまり、やがて20℃に達すると心臓が停止する。奇跡が起きないかぎり、回復の見込みはない。

仮死状態でもすべての感覚を失うとは限らない。恐怖、混乱、激痛。あなたは生と死のはざまを何往復もする。ある一瞬は生きて、ある一瞬は死ぬ。その数分かもしれない時間を、あなたには永遠にさまようことになる。



軽症ならお風呂で温めれば回復が見込めるが、意識がない状態ではかえって危ない。急激な体温上昇によって不整脈を起こしやすいからだ。静脈から血を抜いて、温めて戻すなど特殊な処置が必要なので、迷わず病院にGoだ。



■まとめ



ボストーク基地の地下4,000mには、琵琶湖の20倍のボストーク湖が存在する。厚い氷床に隠されたその湖は、太古の生命を探る鍵となるため、基地は重要な研究拠点でもある。



50万円あれば南極旅行が楽しめる時代になったから、ボストーク基地を見学するのも一興だろう。ただし、平均気温-55℃のこの地から、無事に帰って来ればの話だが。



(関口 寿/ガリレオワークス)