孫正義ビデオメッセージより(ソフトバンク提供)

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この夏、ソフトバンクは被災地の高校生300人を、孫正義の母校に短期留学させた。孫が若者たちに贈ったメッセージの意味は何か。

■カリフォルニアの青い空

1973(昭和48)年の夏休み、高校1年生の孫正義は初めてアメリカ合州国に渡った。語学研修のための4週間の短期留学だった。

「高くて青く、雲ひとつないアメリカの空を見て、多種多様な人種に囲まれ、巨大な車が道を走っているのを見て、周りの人が皆、英語を話している。そんな、日本とまったく異なる文化を目の当たりにして、私は良い意味で、とても大きな衝撃を受けました。そして、とても興奮しました。日本とまったく違う、すべてが新しいライフスタイルを経験し、すべてが刺激的で、毎日わくわくしました。触るもの、食べるもの、見るもの、私が話す人も含めて、すべてが新鮮で、これまで経験したことの無いものばかりでした」

それから39年後の2012年7月24日、「Congratulations!」で始まる孫のビデオメッセージが流されていた。孫は英語で話し、日本語字幕がついている。場所はカリフォルニア大学バークレー校。現地の高校・大学を経て、3年次に編入入学した孫の母校だ。孫のビデオを見ているのは岩手県、宮城県、福島県からやってきた300人の日本人高校生。300人は「TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」と名づけられた短期留学プログラムに応募し、2000人の中から書類審査で選ばれてここにやってきた。

合州国軍の東日本大震災救援作戦名と同じ名を持つ「TOMODACHI〜」は、合州国駐日大使館と同国NPO「米日カウンシル」が主催している日米交流事業「TOMODACHI」のプログラムだ。米日カウンシルは、日系合州国人と日本人、合州国の人的交流を目的とする非営利団体。民主党長老のダニエル・イノウエ上院議員が顧問を務めている。2009年に合州国各地の日系人約160人を会員として設立された。1952(昭和27)年から始まるフルブライト留学制度や、合州国最大の日米交流団体「ジャパン・ソサエティー」(1907[明治40]年設立)と比べると、つい最近にできた組織だ。

ソフトバンクはこのプログラムに賛同し、費用負担、スタッフや機材の提供(高校生たちには1人1台ずつiPadが提供されている)を行っている。現行機種の iPad2 で仮に計算してみると(16GB, Wi-Fi+3G)45800円、300人で1374万円。成田-サンフランシスコの往復料金が約12万円、300人で3600万円。ここまでの金額だけで約5000万円になる。現地での宿泊は寮の利用や無償のホームスティ(2泊3日)で行われたが、これにiPadの通信費、東北各地での募集活動や審査のコスト、成田までの300人分の往復交通費、保険や食費などを積み上げていけば、億単位になる。

きっかけは昨年10月15日、合州国駐日大使館主催のトークイベント、孫とジョン・ルース駐日合州国大使の対談だった。その中で2人はこう語っている。

■合州国国務省ウエブサイト「Connect USA」
《アメリカ大使館主催: 時代を創る二つの作法vol.2》
http://connectusa.jp/report/2011/1015_000524.html

《孫 東北地域の人たちを助けるためにも、若い学生たちにチャンスを提供したいと思うんです。中学生とか高校生、あるいは大学生などの若い学生たちに、もしアメリカに関心がある、その他の国々で学びたい、英語を学びたい、違った世界を見たいという人がいるんだったら、彼らをサポートしたいと思います。

ルース 常にそれに関しては2人で話しておりますので、絶対そうしたいと思います。今まで大使館、アメリカ政府において力を入れてきた「トモダチ作戦」というのはご存じだと思います。これは日本が直面した3月11日の大震災の悲劇に対する、アメリカとしての小さな貢献でありました。単に政府だけではなく、アメリカの全国民が心から本当に悲しみを感じ、同時に感動しました。

 そしてまた日本の人々の力強さ、そして東北の被災地の皆様方の苦難から立ち直ろうとする力にインスピレーションを受けました。東北の人々、また日本人全体が、本当に私どもの心を揺るがしたわけです。「トモダチ作戦」のあとも、何とかして引き続き貢献したいと思ったわけです。そこから生まれたのが「TOMODACHI」というプロジェクトの構想でして、「トモダチ作戦」の続編とも言うべきものです。私共の意図するところ、達成したいと思っていることは、人々に、取り分け若者に投資したいということです》

■出典:ニコニコニュース
《「ジョブズはあえてリスクをおかす人だった」 孫正義×ルース大使 対談全文(前編)》
http://news.nicovideo.jp/watch/nw130151/4

合州国駐日大使館による日本の若者への「投資」に、孫正義率いるソフトバンクも投資した。「孫正義はお金持ちだから、それくらい出せるでしょう」と考えているうちはお金持ちにはなれないだろう。何を「リターン(投資回収)」と考えるかでタイプが分かれるが、お金持ちは、リターンが見込めないものには投資しない。孫正義は、「高校時代に合州国を体感すること」の意味を、自身の強烈な体験として知っている。日本の高等教育のコースではなく、合州国で学んだことで起業家としての今の自分があるということを、孫は各所で語っている。孫が最初に起業した地も合州国だ。今、その地に集まった300人の日本の高校生の前で、孫のビデオメッセージは続く。

■孫正義は、なぜ高校生に投資するのか

「参加者の皆さんは、それぞれ違う夢を持っていると思います。『起業家になりたい』という人もいるかもしれません。『パン屋さんになりたい』という人もいるかもしれません。『ピアニストになりたい』という人もいるかもしれません。中には『プロスポーツ選手になりたい』という人もいるかもしれません。皆、それぞれの夢があり、それぞれの未来があります。皆さんがこの夏に経験することが、大きな影響を与えると信じています。皆さんには、この機会を生かし、それぞれの成功につなげて欲しいと思っています」

合州国は、ソフトバンクは、孫正義は「投資のリターン」をどのようなかたちで計算しているのか。プログラムに参加した高校生とその周囲がソフトバンクのファンになって、契約数とARPU(アープ。Average Revenue Per User:月間通信事業収入)増加につながる。そういう目先のリターンもソフトバンクが無視することはないだろう。

「社会貢献をしている企業として名を売る」ということはリターンになるのか。これは考えにくい。なぜなら「TOMODACHI〜」にソフトバンクがお金を出していることは、ほとんど知られていないからだ。コカ・コーラなど、企業による被災地支援は数多くあり、前出のジャパン・ソサエティーをはじめとする合州国組織の支援も多い。たとえばコカ・コーラはソフトバンクと同じく「TOMODACHI」に賛同・支援し、高校生をアメリカに送る「TOMODACHIサマー コカ・コーラホームステイ研修プログラム」を行っている(規模は約2週間、人数は60名と、ソフトバンクより小規模だが、ソフトバンクと異なり3年間継続することを明言しており、最終的にはぴたり同じ数の300人を送る予定だ)。ソフトバンクだけが屹立して目立ち、“広告効果”を生じさせているとは考えにくい。

では長いスパンではどうか。合州国政府の見込むリターンは、「合州国のファンになる日本人を増やすことが、合州国の国益を生む」というソフト・パワー戦略で説明できるだろう。では、孫正義の見込むリターンは何か。

孫の足跡(特に買ったばかりの企業を売っ払う速さ)を見ると、そもそも「長いスパン」という仮説が成立可能なのかどうか疑問も湧くが、高校生相手の短期投資回収が想像しにくい以上、「長いスパン」という仮説もまったく無効ではないだろう。

孫のここまでの言動を手がかりに、仮説をひとつ立ててみる。日本の高等教育のパターンに縛られない「それぞれの成功者」が誕生すること、「非常識」を標榜していた孫の行動がこの国の「常識」になること、すなわち、300人の孫正義が誕生することが孫にとっては「成果」なのではないか。これは自分の人生が肯定されるといった文学的な話ではなく、そのほうが、孫正義にとって今以上に商売がやりやすくなるであろうから。

この連載では「TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」に参加した高校生たちを、彼ら彼女らが暮らす土地に訪ね、「将来“何屋”になりたいか(どんな仕事をしたいか)」を訊いていく。彼ら彼女らが考える進路が、「300人の孫正義」、すなわちこの国の新しい常識になり得るものなのかを考える。また、合州国での3週間で得たものは何か、そして被災の経験は、進路を考える際にどのような影響を与えているかも訊いていく。他校他県の友だちを得たこと、合州国で出合った大人たちと話したことが、進路選択に与えた影響を訊いていく。被災地には合州国海兵隊からボランティアの芸能人まで、多数の「大人」がやってきた。自分たちが暮らす土地の大人たちが、非常事態の2年弱の間に何をしたのか(もしくは、しなかったのか)も見た。高校生たちは大人をどのように見ているのか。その視線の意味も訊いていく。

(次回に続く)

(文=オンライン編集部・石井伸介)