知識はお金で、経験は時間で買う

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時間とお金の効果的な使い方はよく似ています。では、時間を投資した場合とお金を投資した場合で手に入るものが同じかといえば、違います。

たとえば健康です。治療の場面ではお金も瞬間的に効力を発揮します。しかし継続的な健康、つまり予防には時間の投資が必要です。

時間でしか買えないものといえば、経験もそうです。経験と知識はよくワンワードで語られますが、両者は区別して考える必要があります。

知識はお金で買うことができます。本を買えば知識が手に入りますし、本を読んで知識を仕入れる余裕がなければ、専門家にお金を払ってかわりに知識を発揮してもらうこともできます。しかし経験は、自分で汗をかかないと手に入りません。お金を積んでも、人から経験を譲ってもらうことはできないし、借りることもできません。

本を読んで人の経験を追体験することは可能ですが、追体験で入手しているのは経験ではなく知識です。経験は、自分の時間を費やすことでしか蓄積できないのです。

知識と経験は入手できるタイミングにも違いがあります。知識はお金で買えるので、基本的にいつでも入手可能です。しかし、経験はいま、その瞬間でしかできません。過ぎたことを経験することはできないし、未来を先取りして経験することもできないのです。経験できるタイミングは、つねにいまです。

また、知識では人と差別化することが困難です。先に知識を手に入れたとしても、後発が同様にお金で買えてしまうからです。しかし、経験は十分に差別化要因になり得ます。経験は、そのときの時間を投資することでしか入手できないのだから、後発が追いつくことは原理的に不可能。先に経験を積んだほうの勝ちです。

あなたが時間を投資してさえいれば、結果は失敗であってもいいのです。失敗も一つの経験であり、自分の中にストックされていきます。何も経験しない状態より、ずっと価値があります。

■セレンディピティを起こす

行動量を増やせば、偶然に何かを発見して創造を生み出すケースも増えます。意図していなかったものと出会い、そこからひらめきを得る力のことをセレンディピティといいますが、セレンディピティは行動量と密接な関係にあるといえます。

ただし、同じように時間を投資して経験を蓄積していっても、偶然の出会いを多く経験する人とそうでない人がいます。その違いはどこにあるのでしょうか。

セレンディピティには5つのプロセスがあります。最初のプロセスは「意識」です。私が得意としてきた言い方ではファンクション(目的、役割、機能、効用)ですが、問題意識といったほうが伝わるでしょうか。

次は「行動」です。行動には時間の投資が必要であることは、指摘したとおりです。

3つ目は「察知」です。行動すれば外部刺激を受け、知覚情報を得ることができます。最初のプロセスでインストールされている意識が、入力された知覚情報に反応して、「ここには何かがある」という信号を発します。それが察知のプロセスです。

察知の次は「想像」です。察知した何かの信号は、もしかしたら何か大きな意味を持つのかもしれないと想像するわけです。その結果、「この偶然の出会いは価値がある」とはじめて気づく。それが最後の「発見」のプロセスです。

最初の入り方を間違えなければ、セレンディピティはいたるところで起きます。時間を投資して行動量を増やしているのにセレンディピティが起きない人は、最初に意識のアンテナを張っていない可能性が高い。意識があってこその行動です。

(※『ビジネススキル・イノベーション』第7章 時代の潮流をつかむ(プレジデント社刊)より)

(横田尚哉)