世界の保存食「へー」な話




食物を食べられる状態のままなんとか長くもたすことはできないだろうか。これは生存を賭けた人類の願いでした。なにせ冷蔵庫がありませんでしたから(笑)。保存食に関する「へー」な話をご紹介します。



■なんとか保存できないものか



人間はさまざまな保存食を作り出しました。例えば干物。干して水分を減らし、表面に膜を作ってもちやすくしたものです。水分をさらに減らして煙でいぶすと薫製ですね。塩に漬けこんで保存する方法は塩蔵と言いますが、塩豚などはこの良い例です。逆に砂糖に漬け込むと糖蔵。ジャムは糖蔵に当たります。



味が良くなってしかも保存も利くと言えば発酵食品。チーズ、かつお節、漬物など、人類は理屈はわからないながらも発酵食品を作ってきました。ちなみに腐敗と発酵は、基本的にメカニズムは同じです。人間に有用なメカニズムを発酵と呼びます。つまり腐敗して(人間にとって)ダメになる代わりに、「ん、これ食べられるじゃん」という物を経験的に見つけたわけですね。最初に食べた人は命がけだったでしょう。



■イヌイット族の人の作る発酵食品『キビヤック』



発酵食品キビヤックは珍しい保存食です。北極圏に住む、イヌイット族、エスキモー族の作る発酵食品です。捕獲したアパリアスという海鳥を数十羽〜数百羽、内臓をすべて抜いたアザラシの腹に詰め込み、腹を縫い合わせます。そのあとアザラシの脂を表面に塗って地中に埋め、2カ月以上発酵させます。ころ合いを見計らってアザラシを掘り出し、腹から海鳥を取り出します。食べ方が壮絶で、どろどろに発酵した海鳥の内臓を総排泄腔(鳥は肛門管と排卵管が体内で1つに合流する)に口をつけてすすって食べるのです。北極圏で貴重なビタミン類を補給するための大事な発酵食品ですが、世界でも最も臭い食べ物のひとつとして知られています。



日本の「鮒ずし」なども発酵保存食ですが、発酵食品は酸っぱくなる、においが強烈になるなど「癖」が出ます。なんとか、そういった癖を出すことなく保存食はできないのか。人間は保存方法を工夫します。それが「瓶詰」や「缶詰」です。



■瓶詰食品はもともとナポレオンの懸賞に応えたもの!



缶詰はもともと軍用に作られたものでした。1804年にあのナポレオンが懸賞金を出しています。ヨーロッパのあちこちに転戦したナポレオンは、常に補給問題に悩まされていました。そこで「誰か食料の保存方法を考えよ」という懸賞を出したのです。ニコラ・アペールという食品加工業者が「瓶詰」を考えて賞金12,000フランをもらいました。



■瓶詰から缶詰に! イギリス人が開発



瓶詰は大変有効でしたが、瓶は重くて割れやすいので容器の改良が求められました。そこで1810年にピーター・デュランドというイギリス人の商人が缶詰を考え出したのです。缶詰は当初は軍用として多く使われました。ちなみに缶詰が大量消費されたのはアメリカの南北戦争が最初。日本で缶詰が普及したのは、関東大震災(1923年)以降のことだと言われています。援助としてアメリカから缶詰が送られたことがきっかけでした。



ちなみに田川水泡先生の『のらくろ』(1931年連載開始)の中に、のらくろが牛の大和煮の缶詰をおかずに飯ごうの炊きたてご飯を美味しそうに食べるシーンがあります(笑)。



■レトルト食品もそもそも軍用



保存食として一般的になっているレトルト食品も、もともと軍用に開発されたもので、アメリカ陸軍が(食べた後の缶の処理が大変なので)缶詰の代わりにと作りました。ところがアメリカではレトルト食品は一般には使われませんでした(アポロの宇宙食に採用)。レトルト食品を世界で初めて一般に販売したのは日本の大塚食品なのをご存じでしょうか? 1968年に登場した『ボンカレー』です。







(高橋モータース@dcp)