人気芸人や売れっ子ネイリストに転身! リストラされて成功した人たちにインタビュー




今や大企業に勤めていても、リストラに遭うことが当たり前の時代。数千人、数万人規模に及ぶ大量リストラもザラにあり、いつ自分の身に降りかかってくるかわかりません。しかし、リストラされたからこそ成功をつかんだ人たちがいるのも事実。そこで今回、地獄からはい上がり、栄冠を手に入れた方々にお話をうかがいました。



■持っている資格をいかして飛躍



まずは4年前に美容師をリストラされて、ネイリストへ転身したK子さん(28歳・仮名)です。



――リストラされた経緯を教えてください。



K子「仕事の性質上、立ちっぱなしで休みも少なく、激務が続いて疲れがたまっていました。また、当時はいろいろと仕事を任されるようになっていたころで、心身ともに疲労困憊(こんぱい)でもありました。



そのせいか、シャンプーなどに入っている薬品の影響で手荒れがひどくなって、次第にアレルギーも出るようになったんです。仕事を休みがちになり、結局リストラされてしまいました」



――なぜ今の仕事に就いたんでしょうか?



K子「専門学校時代にネイルの資格も取得していまして、リストラ後も美容にかかわる仕事をしたかったんです。最初は自宅で友達相手にやっていました。それが好評で、友達がその友達を紹介してくれたり、次第にクチコミが広がって軌道に乗せることができました。



本当に、あのときリストラされて良かったです。体を休めることができたし、好きなことに挑戦するチャンスももらえましたし」



美容師時代の年収は300万円ほどだったK子さん。現在はなんと800万円を超えるまでになったとか。やはり、手に職があるのは強みかもしれません。



■あきらめの悪さが成功につながる



続いては、THE MANZAI 2011で決勝に残り、見事ブレイクしたHi-Hiのお二人に話をうかがいました。



――お二人は芸人をリストラされたことがあるそうで。



岩崎「芸人を始めて2年くらいのころ、吉本興業をクビになりました」



上田「当時、リストラという言葉がはやっていまして、銀座七丁目劇場というところでリストライベントが行われたんです。面白くないヤツをクビにするというイベントなんですけど、僕らがリストラされました。



会社からは少し休んで、また一から挑戦していいって言われたんですけど、心が折れまして芸人を辞めてバンドをやりました。で、それもうまくいかなくて、今度は今の事務所であるケイダッシュステージでお笑いを再開したんです」



――それでも38歳まで売れない日々が続いたわけですが、今度は周囲が辞めることをすすめてきたりはしなかったのですか?



上田「友達はかなり言ってきましたね。もう無理だろ、と。35歳を超えてからは、親にもずっと『もう辞めたら?』って言われていました。でも、パソコンはできないし、サラリーマンも無理。眠れなくなったり、円形脱毛症になることもしょっちゅうでした。眠れなくなるから考えないようにしていましたね」



――芸人をあきらめなかった理由は何ですか?



岩崎「辞めようと思ったことは何回もありました」



上田「でも、辞める勇気がなかったんです。あきらめずに頑張ってきたわけじゃなくて、ただ単にあきらめが悪かっただけというか」



――上田さんに至っては、自伝的小説「リストラ芸人」(講談社・1,365円)も刊行されましたよね。リストラなど、キツい状況に立たされたときにはどうしたらいいんでしょうか?



上田「悩みすぎないことですかね。人ってネガティブに考えすぎる面があるので、嫌でもポジティブに考える。あと酒飲んで忘れちゃう。これですよ。どこで楽しむかだと思います。



すごく嫌なことがあっても、ちょっとでも楽しいことがあれば。意識的にそういう風に生きていくということも大事かもしれないですね」



ともすれば悲観的になってしまうリストラ宣告。一見、地獄のように思えますが、もしかしたらさらなる飛躍を遂げるきっかけなのかもしれません。



大事なのはポジティブにとらえること。難しいかもしれませんが、もしものときは心がけていきたいものです。







Hi-Hi(写真左:ボケ・上田浩二郎、写真右:ツッコミ・岩崎一則)

共に1973年生まれ。埼玉県出身。高校時代の同級生で、1994年結成。同期にはロンドンブーツ1号2号がいる。1996年に吉本興業をリストラされる。2012年9月、自伝「リストラ芸人」を刊行。初のDVD「靴」も発売中。



上田のブログ「Hi-Hi上田のブログもどーもねっ!」 http://ameblo.jp/hihi-ueda/



(OFFICE-SANGA 小川康弘)