粘着テープ用途革新で20億、なぜ独り勝ちできたか

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消費者イノベーションを自社のアイデア源に加えるには、荒削りな試作品のなかに一般消費者のニーズの先取りを見出す洞察力が必要である。マスキングテープの事例から、それを解き明かす。

■MITの学生が開発した未来の車とは

企業が消費者イノベーションのアイデアを採用しない理由の1つはそれが企業から見てオモチャに見えることだ、と本連載で指摘した。消費者が作ったものはものづくりのプロから見て粗ばかり目につき、とても製品化を真剣に考える気にはなれないのだと。

実際、こういうことがあった。大手自動車部品メーカーの人たちにYouTubeでMITの学生が自分で作った乗り物を乗り回している動画を見てもらった(興味のある方はlolriokart:dancing in the rainというタイトルの動画を見ていただきたい)。学生が画像の中で乗り回している乗り物はスーパーのショッピングカートに操縦用のハンドルと簡単なエンジンを取り付けたものだ。動画を見た人たちはニコニコ笑っていた。

「この自動車どう思いますか?」と質問してみたところ、そこにいる人たちの頭の上には「自動車?」という文字が浮かんでいるようだった。「実はこの車は都会の駐車スペース節約のアイデアを提供してるんです」と説明してもまだ要領をえない表情だ。

察しのよい読者の皆さんは気づいておられるだろう。スーパーで利用し終わったカートはコンパクトに変形でき次の利用者用に縦に並べられている場合が多い。この「できるだけ多くのカートを並べられるように変形できる」のがカートのよいところだ。MITの学生が作ったカート車はその長所を生かしたものだ。そこに、自動車の車体を変形させ狭い場所でも縦列駐車できる車の未来を感じ取ることができるのだ。実際、MITのメディア・ラボはこうした発想を持ったスマート・カーをスペインの自動車メーカーと開発している。消費者イノベーションを自社のアイデア源に加えるには消費者が作った荒削りな試作品の中に一般消費者のニーズの先取りを見出す洞察力が必要だ。

こうした話をしていたところ、筆者の研究室で博士号取得を目指している堀口悟史さんが「先生、こういう事例はどう解釈すればよいでしょう?」と言っておもしろい事例を持ってきた。

彼が持ってきたのはマスキングテープの用途革新の事例だ。消費者が日常生活でマスキングテープを使う新しい用途を考えつき、メーカーに伝えたのだが、ほとんどのメーカーがその用途の事業化を行わなかった。結果として、うち1社が事業化し発売後4年で20億円の小売市場が誕生したそうだ。製品を最初に市場に投入したカモ井加工紙(以下、カモ井:岡山県倉敷市)は当該市場でOEMを含めた約9割のシェアを占め、同社全体の売り上げの1割以上を当該用途向けで稼ぐようになっている。カモ井以外のマスキングテープ・メーカーは有望な市場の存在を消費者から知らされながらも自社に取り込むチャンスを逃がしてしまったのだ。

■メーカーが消費者のアイデアを採用しない理由

ここでおもしろいのは、消費者が用途転換したのは、それら企業が販売していたまさに「そのもの」だった点だ。そうである以上、消費者が用途革新した製品は各企業にとって「おもちゃ」には見えなかったはずだ。にもかかわらず、ほぼすべてのマスキングテープ・メーカーが用途革新を受け入れようとしなかった。なぜ、マスキングテープ・メーカーは消費者による用途転換を自社製品に採用しなかったのだろうか。その点を考えるため、この事例を詳しく見てみることにしよう。

マスキングテープは建築現場などで塗装を行うときに、色を塗らない部分を保護するため該当個所周辺に貼る粘着テープで主に工業用途向けに販売されてきた。同テープはどこに貼っても簡単に剥がせるだけでなく用途別に青や黄色、緑といったように様々な種類のものがある。建築現場では足場を組むのに時間がかかる。だから塗装が終わったと思って足場を解体した後にマスキングテープの剥がし残しが見つかると、もう一度足場を組み直すことになり大きな時間的ロスが発生してしまう。そんなことが起こらないようマスキングテープの色には目立つものが採用されているのだ。

■なぜ3人の女性はマスキングテープの活用法に気付いたか

日本最初のマスキングテープは和紙を素材とするものだった。和紙は従来の素材だったクレープ紙より薄く、塗料との段差がほとんど生じない長所があった。しかも、手で簡単にちぎれるし、一気に引き剥がしても途中で破れたりしない強度を持っていた。こうしたマスキングテープとしての利点以外に和紙には素材感や透け感、手でちぎったときの風合いといった特徴もあった。実は、どこに貼ってもきれいに剥がせ、色が豊富で、独特の雰囲気を醸し出す和紙のマスキングテープの特徴に目を付けた3人の女性がいた。1人は東京都世田谷区にあったギャラリーカフェのオーナーAで、残り2人はカフェの常連客だった。

Aはペンキ塗りが半ば趣味で自宅の壁やオートバイの塗装を日常的に行っていた。その際に、ホームセンターで購入したマスキングテープを使い、余りをカフェで使った。カフェをオープンしたのは2002年。オープン当初から彼女はマスキングテープを本来の用途以外で使っていた。来店客が店で本や小物を購入した際、紙の袋に入れ黄色など色のついたマスキングテープでとめていた。来店客の中にはカフェで商品を購入した後、店内で飲食し、再び商品を購入する者がいた。そうした商品の二度買いに対して同じ袋で商品包装する場合、マスキングテープなら剥がしたときに袋は傷まないし、テープに紙素材が付着しないので美しく使える。また、Aは作家や他のギャラリーから届いたダイレクトメールを店内に貼るのにも同テープを使っていた。壁がコンクリートだったことやダイレクトメールにピンで穴をあけずに掲示できたからだ。Aはさらに、マスキングテープの色の豊富さを活かしいくつかの色を組み合わせて「楽しさ」も演出していた。

コラージュ作家のBは自身の作品にマスキングテープを使う以外に封筒を可愛く見せるために同テープを利用していた。グラフィックデザイナーのCはBのこうしたテープの使い方に関心を持っていた。こうして3人は06年のある日、マスキングテープの使い方が話題になったのをきっかけに、それを共通の話題として話すようになる。

ある日、自主制作本を発行していたCはAとBに3人でマスキングテープについての本を作り、2週間後にカフェで予定されていたミニコミ誌の展示会に並べようと提案する。できた本は同テープの日常生活での利用法、きれいに書ける筆記具との相性、ホームセンターへの買い出しツアー記を内容とするものでMasking Tape Guide Book(以下MTGB)というタイトルがつけられた。本は展示会で販売され、初版100冊が2週間で完売しただけでなくその後、累計400部を超えるまでになった。

■アイデアをチャンスにする3つの条件

展示会での好評を受け、3人は第2弾を企画し、マスキングテープの工場見学レポートを自主制作本の中に盛り込むことを計画する。実はこのとき3人が本の制作にあたって工場見学を依頼するメールを送ったのが先述のカモ井であった。

その後、カモ井は3人からの工場見学の依頼を受け入れ彼女たちとのやりとりから本格的に雑貨用途向けマスキングテープの事業化に取り組むようになる。カモ井の運命を変えることになる、工場見学の依頼を受けることを決める直接的出来事はMTGBが送られてきたことだった。MTGBの内容が、彼女たちに会えば縮小傾向にある和紙材のマスキングテープの新たな市場機会につながるヒントをもらえるのではないかと思わせるものだったからだ。

実はMTGBはカモ井だけに送られたものではなかった。3人がマスキングテープを使った作品展を開催する企画をした際、カモ井を含む国内主要メーカー8社に対しMTGBを同封して企業協賛を依頼する文書を送っていた。つまり雑貨用途という新市場を知る機会はどの国内メーカーにも与えられていたのだ。

しかしカモ井以外のメーカーは新用途に向けたマスキングテープの事業化に踏み出さなかった。堀口さんが行った聞き取り調査によると、理由の1つが既存の生産システムとのミスマッチだった。工業用途のマスキングテープは少品種大量生産。それに対し、雑貨用途は多品種少量生産で手間がかかり、配置する人員数や製造工程の見直しが迫られる。こうした変更を嫌ったというのだ。第2の理由は流通ルートの問題だった。工業用途と雑貨用途では前者は企業が顧客であるのに対し、後者は消費者が最終購入者で、小売店ルートが主要チャネルになる。DIYカテゴリーの製品をホームセンターで販売している企業もあったがファッション性が高い雑貨とは市場セグメントが異なりマーケティングの仕方も異なる。こうした流通問題も雑貨用途への進出を躊躇させたのだという。

しかしこれら2つの要因はカモ井についても同じだったはずだし、イノベーションの収益化には生産や流通チャネルといった補完資産がカギになることはイノベーションの教科書が教えるところだ。では補完資産への取り組み以外にカモ井とその他の企業を分けたものはあったのだろうか? 堀口さんのインタビュー・データを読んで、あえてもう1つ差をあげるとすれば、ユーザー・コミュニティとの接点の取り方だろう。カモ井はカフェの3人を含む消費者コミュニティに対してまずは受け入れるというオープンな態度を示した。それに対して他社は「頼みもしない(unsolicited)アイデア」に対して最初から後ろ向きだった。これでは知識創造理論で言う社会化(socialization)まで進まず知識創造のスパイラルが回らない。

雑貨用途事業に参入しなかったメーカーの次のような言葉が印象的だ。「MTGBの中でマスキングテープを『可愛い』と表現しているのを見て正直『気持ち悪い』と思った。彼女たちの感覚が全く理解できなかった」「あくまで一部のマニアの楽しみ方だとしか受け取らなかった」「もともと単価が30円程度のものが色をカラフルにしただけで150円で販売され、それが本当に続くとは思わなかった」。

革新の源泉は自らの外にもある。その源泉と暗黙知を共有し、革新へつなげるインターフェースを準備する重要性をこの事例は教えてくれる。

(神戸大学大学院経営学研究科教授 小川 進=文 平良 徹=図版作成 カモ井加工紙=写真提供)