もしも科学シリーズ(18)もしも宇宙旅行にいくなら


英国の歌手サラ・ブライトマンが、2015年の宇宙旅行計画を発表した。国際宇宙ステーション(ISS)に10日ほど滞在しコンサートを開く予定というから、宇宙が身近な場所に思えてきた。



もしも宇宙旅行にいったら、どんなに楽しいだろう。そんな幻想も発射台までだ。加速G、宇宙酔い、放射線、スペースデブリや病気におびえ、二度と来るか!と思うに違いない。



■新婚旅行は宇宙にいこう



誰もが宇宙旅行を楽しめる時代にむけて、航「宙」会社を設立しよう。ターゲットは新婚旅行。ふたりの門出をお手伝いします。



まずは宇宙船の調達だ。スペースX社のドラゴンも有人飛行は可能だが、帰還時は洋上着水なので、空港に着陸できるスペースシャトルが良いだろう。NASAが払い下げてくれるなら、5番機アトランティスがお勧めだ。



おなじみのケネディ宇宙センターから出発し、高度600kmで地球を周回する。地上の300倍もの放射線を浴びるから、旅程は1週間程度にとどめておこう。有害な高エネルギー粒子のかたまりバン・アレン帯を避け、北/南極上を周回する極軌道が良いだろう。斜めに飛ぶので燃費は悪いが、健康第一が当社のモットーだ。



打ち上げ時は3G強の加速度が15分ほど続く。誰でも耐えられるというのがNASAの言いぶんだが、体重の3倍は少々キツい。アトラスDロケットの13Gと比べれば、ずいぶん楽になったんですよ。ボンボヤージュ。



周回軌道上では約50分で地球を一周する。刻々と変わる地球の表情に新郎新婦は興奮気味だが、あと2〜3周もすれば飽きるだろう。シートベルト着用サインも消え、クルーは機器の点検を始める。新郎新婦はおくつろぎください。トイレもご自由に。ただしシャトルのトイレは微小重力状態でも使える吸引式で、身体にあてたアダプタからホースで吸い取る仕組みだから、かなりのストレスを感じるに違いない。



シャトルには冷蔵庫はありません。中身が吹き出る炭酸飲料もご遠慮いただき、シャンパンの代わりにアップルジュースで乾杯しましょう。本日のディナーはもちろん宇宙食。和食もございます。電磁波の心配のない電気オーブンで温めて、冷めないうちにボナペティ(召し上がれ)。



翌朝、頭に血が上ったようなぼんやり感と、吐き気やむかつきで目が覚める。典型的な宇宙酔いだ。重力が弱い宇宙では上下の区別がない。これが人間の感覚器官を狂わせ、乗り物酔いのような症状を引き起こすのだ。



宇宙酔い以外に、筋力の低下、体重の減少、血液の減少、背が伸びるなどが起きる。深刻なのは貧血と、ホルモン異常によるカルシウムの減少だ。数日なら大事に至らないが、50日以上滞在すると、地球に戻っても完治するのに数ヶ月かかる。虫歯も大きな脅威だ。重力から解放されたバクテリアは、地上の40〜50倍速で増殖しあっという間に歯をむしばむ。我慢できない場合は抜歯しますので、お近くのクルーにお申し付けください。



■宇宙遊泳は命がけ



宇宙酔いに苦しみながら、翌日の船外活動に向けて減圧が始まる。シャトル内は地球と同じ1気圧だが、船外活動宇宙服(EMU)内は0.27気圧の純酸素しかないので、急激な気圧変化で体液中の窒素が泡だち、減圧症を起こしてしまう。そのため12時間以上かけて少しずつ気圧を下げ、その後は1時間ほど純酸素を吸って窒素を追い出す。着替えるだけでも1時間はかかるからというから大変な労力だ。



減圧が終わったら、人類に残された最後の開拓地、宇宙を満喫しよう。残念ながらEMUの遮蔽(しゃへい)性はあまり高くないので、シャトル内よりも多くの放射線を浴びることになるが。秒速7〜8kmで飛び交いシャトルを大破させるほどのエネルギーを持ったスペースデブリ(宇宙ゴミ)のただなかでは、EMUなど裸も同然だが。



恐怖から心拍数ははね上がり、意識がもうろうとする。おまけに、目標物のない宇宙空間では、自分がどこにいるのか分からずパニックを起こしやすい。決してシャトルから目を離さずに、落ち着いて行動しよう。



地球をバックに記念撮影。にっこり笑って、はいチーズ!



最終日は帰還の準備で忙しい。血液の減少と降下時の体液シフトで失神しないよう、塩の錠剤と多量の水を飲んでおこう。ただし空港到着までトイレはお控えください。



逆噴射のあとは、地表面に対し機首を約40度上げた体勢となり、尻もちのような感覚で落ち続ける。大気圏再突入時、シャトルの速度はマッハ24(音速の24倍)!機体は1,600℃に達し、高温イオン化粒子の影響で無線が使えないブラックアウトがしばらく続く。



大気中で十分な揚力を得られないスペースシャトルは、旅客機では墜落といえる角度と速度で降下する。着陸したらパラシュートで急制動だ。緊張と恐怖は限界を超え、薄れる意識のなかでこうつぶやく。モルディブにすれば良かった、と。



長旅お疲れさまでした。またのご利用をお待ちしています。検疫が終わったら空港のラウンジで、念願のシャンパンで乾杯だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込みながら、飲み物、トイレ、そして重力を満喫しよう。地球か、なにもかもが懐かしい。



■まとめ



サラ・ブライトマンのISS・10日間の旅は3千万〜4千万ドル、オプションの船外活動は1,500万ドルと推定されている。1ドル=80円なら計44億円!



一生の思い出には少々高すぎる。格安航宙会社が登場するまでは、貯金に専念することにしよう。



(関口 寿/ガリレオワークス)