うなぎに関するお話




土用丑の日、高価な「うなぎ」にビックリした人が多かったでしょう。うなぎはなぜこんなに高くなったのでしょうか? 簡単に言えば「不漁」だからですが、うなぎの生態には謎の部分が多いとのこと。うなぎについて、東京大学、大気海洋研究所の塚本勝巳教授にお話を伺いました。塚本教授はうなぎの生態に関する世界的権威です。



■まず「うなぎ」に関する基礎知識



まず、うなぎは「回遊魚」です。海で産まれますが、淡水の川までやって来て遡り、そこで成長して暮らします。そして産卵時期になると川を下り、海に出て卵をうみます。卵から帰った仔魚が成長して川に戻り……これの繰り返しで世代をつないでいきます。



うなぎの卵は直径約1.6ミリと、とても小さなものです。卵から孵った(かえった)ばかりのうなぎの赤ちゃんは、約3ミリの「プレレプトセファルス」と呼ばれる仔魚(しぎょ)。これが餌を食べ始めると「レプトセファルス」になります。レプトセファルスは柳の葉っぱのような形をした透明な仔魚です。扁平でぺらぺらしていますが、これが陸地に近付くにつれ成長して約60ミリになると変態して「しらすうなぎ」になります。しらすうなぎはまだ稚魚の状態で体色も透明です。しらすうなぎに色素が出てきて、大きく成長して「うなぎ」になるのです。



■塚本教授チームの世紀の発見!



――塚本先生のチームは世界で初めてうなぎの受精卵を自然界で発見されたわけですが(2009年)、よく小さな受精卵を大海原で見つけることが可能でしたね。



塚本教授 そうですね、もちろん幸運もありますが、きちんとした科学的な考え方と方法で調査をしたことが良かったんでしょう。過去のデータを慎重に解析観察し、そこから仮説を立てて実証し、また次の仮説を立てるする。卵もそういった過程方法論で見つけることができたんです。闇雲にあっちこっちを探しまわった結果ではありません(笑)。



――すみません(笑)。これはもう、世紀の大発見だと思うんですが、先生のこの発見でうなぎの産卵場所は特定されたと考えていいのでしょうか。



塚本教授 はい。いいと思います。日本から南へ約3,000キロメートル、南太平洋、マリアナ諸島の中にグアム島がありますが、その西側約100キロのところを南北に西マリアナ海嶺と呼ばれる海底山脈が走っています。この海底山脈のある海域が、私たち日本人が普通蒲焼きにして食べているニホンウナギの産卵場と考えて間違いありません。マリアナ海溝のちょっと北のところです。ところで、うなぎの産卵するのは深海の底っていうイメージがないですか(笑)?



――なんとなく、そんな話を聞いたことがあるような……。



塚本教授 うなぎはマリアナ海溝の深い海で……というイメージをみんな持っていたと思うんですが、そうじゃないんですね。産卵場の海底山脈がある海域も確かに水深3,000から4,000メートル位の深い海ですが、実際の産卵が起こるのはその深い海の、海面から200メートルぐらいの比較的表層の部分だと思われます。これは卵が採れた水深が150メートルだったことから推定されました。



――現在うなぎが獲れなくなっているということですが、これは産卵数自体も減っているんでしょうか。



塚本教授 産卵数に関するデータはないのでわかりませんが、資源全体が大きく減っていることは事実です。



――減っている理由はわかっているのでしょうか。



塚本教授 その主な原因は3つ考えられます。まずなんといっても乱獲です。私たちが獲りすぎたためにうなぎの資源が減ってしまいました。次にうなぎの住みやすい河川の環境が失われたためです。水質汚染や河川工事がうなぎの餌や住み家を奪い、うなぎの生存をおびやかしています。最後は産卵場のある海の環境の大きな変化がウナギの産卵地点や輸送経路を変化させたため、日本にやって来るしらすうなぎが減った可能性があります。



――うなぎの価格が2012年にはかつてないほど高騰しました。江戸時代は庶民の味だった蒲焼がすっかり高級料理ですが……。



塚本教授 そうですね。今までのようにスーパーに山積みされたうなぎの蒲焼きを会社の帰りに買ってきて、電子レンジで温めて手軽に食べるというわけにはいかなくなりましたね。この先、高級料理屋でも食べられなくなると困るので、今のうちに資源を護る努力をしなくてはなりません。



――もっと養殖すればいいじゃないかと、よく知らない人のご意見があるんですが……(笑)。



塚本教授 それがそう簡単じゃないので苦労しているんですよ(笑)。



■うなぎは卵から養殖しているわけじゃない!



誤解している人が多いのですが、今行われているうなぎの養殖というのは、実はまだ「完全養殖」ではありません。つまり、タイやヒラメなど一般の魚の養殖業のように、親魚から卵をとって、その卵を孵し、育てて出荷、という風にはできていないのです。うなぎ養殖の場合は、前述の「しらすうなぎ」という、天然の稚魚を獲ってきて、それを池で大きくして出荷するものです。ですから、しらすうなぎが獲れないと養殖もできないわけです。うなぎの高騰は、この天然のしらすうなぎの不漁によって生じています。



■うなぎの完全養殖への道



――うなぎの完全養殖はいつ可能になるんでしょうか。



塚本教授 実験室の中では、親を成熟させて卵を獲り、その卵から仔魚、しらすうなぎまで育てることはできます。さらに、この人工のしらすうなぎを養殖して、うなぎの成魚を作り、そこから卵を獲って次の代のしらすうなぎを……という風に、生活環を人工環境下で回すことはできるんです。



――できるんですね!



塚本教授 はい。ただ、まだこのサイクルが商業ベースに乗らないんです。大雑把な計算ですが、原価ベースでも今の人工しらすうなぎ1匹は10万円ぐらいになっちゃう(笑)。今年のしらすうなぎは異常高価で、最高1匹500円くらいと聞きました。普通なら1匹100円以下だから、今年のうなぎの価格は例年の5倍以上だったわけですよ。この最高値としても、人工しらすうなぎの場合は200分の1にまで、それが通常年の場合は桁を3つも落とさないと実用化のメドが立たないんです。



――なるほど。どういった点が難しいのでしょうか。



塚本教授 2点あります。1つは餌です。仔魚にどんな餌を与えるのが理想か、そのうまい解答がまだ見つかっていません。2つ目は卵質です。100回採卵しても数回しか質の良い卵が獲れないんですね。うなぎの親は1回に100万粒も産卵するので、現在のところ100回に数回でも実験的に仔魚を飼育するのはなんとかなっていますが、まだまだ脆い技術です。これを安定したものにしなければいけないんですよ。



――技術の開発にはかなりの時間を要するのでしょうか?



塚本教授 もしかすると、ある日ひょっと素晴らしいアイディアが出てきて、3年くらいで完全養殖の技術が完成するかもしれないし、また10年経っても低迷しているかもしれません。こればっかりは予想できませんね(笑)。でも、天然の資源が完全に枯渇する前に、1日も早く人工しらすうなぎを実用化する必要があることは確かです。人工しらすうなぎを養殖に使い、今天然資源へかかっている高い漁獲圧を取り除いて、もとの豊かなうなぎの資源状態に戻してやりたいものです。



世界の最先端の塚本教授の研究室でも、うなぎの研究は未だ途上。最近では、なぜだかわかりませんがモスクワで「うなぎの蒲焼」が大人気とか。その分、日本人の食べる「うなぎ」が減りそうで……。日本食が世界でブームというのも考えものです。……トホホ。





(高橋モータース@dcp)



塚本勝巳教授の関連著作

●『旅するウナギ』黒木真理・塚本勝巳著 東海大学出版会

http://www.amazon.co.jp/dp/4486019075



●『ウナギ 大回遊の謎』塚本勝巳著 PHPサイエンス・ワールド新書

http://www.amazon.co.jp/dp/4569796702



●『世界で一番詳しいウナギの話』塚本勝巳著 飛鳥新社ポピュラーサイエンス

http://www.amazon.co.jp/dp/4864101892