メジャーリーガーの引退後、いわゆる"セカンドキャリア"は多様だ。フロントやコーチングスタッフ、あるいはメディアとしてベースボールに関わり続ける人は当然多いが、そうでなく全く異なる世界に飛び込みユニークでマルチな才能を遺憾無く発揮する人もいる。

 1990年代から2000年代にかけて、MLB史上に残るサウスポーとして名を馳せた"Big Unit"ことランディ・ジョンソンもそのひとりだ。



Big Unit fans John Kruk 7/13/93


 未だ記憶に新しいジョンソンのメジャーリーグでのキャリアについて、説明は不要だろう。細身ながら208cmの超長身から繰り出すMAX102mph(164km/h)の豪速球+左打者の顔面からアウトコースのボールゾーンまでキレていく殺人スライダーを武器に、メジャー22年間で304勝、歴代2位の4875奪三振という輝かし過ぎるキャリアを築いた。Led Zeppelinのファンと一目でわかる長髪細身の風貌と、長い腕を横から繰り出す豪快なフォームに、怖いもの知らずにスラッガーたちがことごとく腰を引く様は何とも滑稽だった(上の動画、クラックのビビリっぷりは何度見ても最高だ)。


 2009年にサンフランシスコでプレーしたのを最後にリタイアしたジョンソン。殿堂入り確実のレジェンドは今頃マイアミあたりの豪邸でさぞ優雅なリタイアライフを過ごしているのだろう…と思っていたら、彼は現在何と"フォトグラファー"として、現役時代にも増して精力的な日々を送っていた。


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 ボールに代わってカメラを手にした"Big Unit"。メジャー最強のサウスポーからフォトグラファーとは、何ともユニークな転身…とも思ったが、ジョンソンにとってこれは必然のセカンドキャリアだったようだ。彼の公式サイト"Randy Johnson Photography"に、その想いが綴られている。

 以下、全文引用と訳。


While attending USC in Los Angeles for three years on a baseball scholarship, I majored in photojournalism. At the same time, I got hands-on experience in the art and craft of photography, shooting for the daily Trojan, our college newspaper, and a small Rock'N Roll magazine in Los Angeles.

While pitching baseballs became my occupation for over two decades, photography remained my great passion. I took advantage of the travel required for baseball to shoot all kind of places, people, concerts, events and anything else that caught my eye. After retiring from 22 year in the Major Leagues, my photojournalism job no longer had to take a back seat.

Beginning with my first summer vacation in 26 years in 2010, I shot motorsports, concerts, people and places. I was privileged to take three USO trips, one to Iraq and Kuwait, Another to Okinawa and the most recent to Italy, Afghanistan and Germany(God Bless our troops!). I've also been a contributing photographer for major media outlets with many photos featured in Spin Magazine, Metal Hammer Magazine, Score Baseball Card Company and AOL Online.

Not only has photography allowed me to explore the world through my camera eye, it has allowed me to give back to Charities and Causes that are very close to me. Homelessness being one of them. As much as i enjoyed the thrill of pitching a perfect game and winning a World Series, i get similar satisfaction from using my photography skills to help others.

The ride has been great, but is far from done. I look forward to seeing places I've never visited and shooting things I've never seen.


ベースボールの奨学生としてロサンゼルスのUSC(南カリフォルニア大学)に3年間在籍していた頃、私はフォトジャーナリズムを専攻していた。(座学で学ぶと)同時に、大学の新聞やロサンゼルスの小さなロックンロールマガジンに写真を提供することを通じて、実践的な経験も積んでいた。

その後20年以上に渡りベースボールを投げることが私の職業となっていた一方で、写真に対する私の情熱は冷めなかった。メジャーリーガーとして全米各地を旅することを活かし、私は様々な場所や人、コンサート、イベントなど、私の目を捉えたもの全てをレンズに収めた。そしてメジャーリーガーとして22年間のキャリアを終え、私のフォトジャーナリズムの仕事はもはやバックシート(2番目の仕事)に止まる必要はなくなった。

26年間で初めてのサマーバケーションを取った2010年、私はモータースポーツやコンサート、人々や場所の写真を撮った。私はUSO(United Service Organizations=米国慰問協会)の旅に3度付き添う機会に恵まれ、ひとつはイラクとクウェートへ、もうひとつは沖縄へ、そして一番最近はイタリアとアフガニスタン、ドイツへ足を運んだ。また、スピン・マガジン(米大手音楽雑誌)やメタル・ハマー・マガジン(世界最大のヘヴィ・メタル専門誌)、スコア・ベースボールカード・カンパニー、ししてAOLオンラインなどに写真を提供している。

私にとって写真は、カメラを通して世界を旅することを可能にしてくれるだけでなく、私にとってとても身近であるチャリティーに還元することも可能にしてくれる。たとえばホームレスの支援など。私はパーフェクトゲームを成し遂げることやワールドシリーズを制覇するスリルを楽しんだように、自分のフォトグラフィーのスキルを他人の為に使える事に同様の満足感を覚える。

船出は素晴らしいが、まだまだ先は長い。私は行ったことのない場所を訪れ、見た事のないものをカメラで捉えることを楽しみにしている。


Randy Johnson Photography "About"



 僕のつたない訳で恐縮だが(もし間違いがあったら指摘して下さい)何とも素晴らしい文章ではないだろうか。ジョンソンといえば、そのワイルドの外見とは対照的な物静かで知的(&ロックンロール)な佇まいが魅力だが、上記ひとつひとつの言葉にはそんな彼の人間性が詰まっているようだ。

 彼の想いを知るのも良いが、百聞は一見にしかず、是非彼のサイトのポートフォリオを見て欲しい。人間のエネルギーと躍動感が存分に表現されたスポーツ(モータースポーツやスケートボード、サーフィンなど)やロックコンサート(KISS、U2、RUSHなど)のショットをはじめ、生命力溢れるアフリカの野生動物や大地、何てことないんだけど味わい深いイタリアの路地の光景、この世の終わりみたいなロンドンの曇り空など、写真家ジョンソンの感性が幅広く楽しめる(僕のお気に入りは色鮮やかで熱気に満ち溢れたKISSのコンサートだ)。作品は彼のTumblrでも公開されている。


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 メジャーリーガーとして20年以上に及び大活躍してなお、人生に対する情熱と希望が衰えていないどころか引退してより強くなっているようにさえ思えるジョンソンはあまりに素敵だ。彼のように引退後全くの異分野で活躍している元メジャーリーグは、多くはないだろうが少なくもない。現在プロのジャズギタリストとして活躍している元ヤンキース4番打者、バーニー・ウィリアムスなどは有名だろう。





 こうしたセカンドキャリアを築ける選手が出てくるのは「アメリカならでは」と感じる。日本の野球選手は多くが"野球漬け"の人生を歩んできているため、ふと野球を辞めたときに何をやれば良いのかわからなくなってしまう選手が少なくない。名のある選手のほとんどがコーチや球団スタッフ、解説者として野球界に関わり続ける。


 一方でアメリカは、どれだけ才能ある選手でも"野球一筋"で生きてきたような選手は少ない。アスリートといえどもアマチュアである限りは学業を疎かにすることは許されないし、大卒選手であればジョンソンのように専攻分野を持って何かを学んでいる。また、アメリカのスポーツはシーズン制なので、才能ある選手は大抵野球以外にもフットボール、バスケットボールをプレーしている。


 プロスポーツビジネスにとって選手のセカンドキャリアの問題は重要だが、引退した選手に仕事を斡旋する仕組みを整えるよりも先に、まずはアマチュア選手が"野球漬け"の生活を送らない文化を育むことが大切なのではないだろうか。偉そうに言える身分でもないが、選手自身が視野の広さと教養を持てば、自然とセカンドキャリアの選択肢は豊になっていくと思う。


「(豪速球を投げることを恋しくなったりしないの?というファンの質問に)もうできないことを惜しんだりはしないよ!」




 ところで、ジョンソンの数ある伝説でもNo.1に相応しいモーメントは何といっても2001年、アリゾナ時代のワールドシリーズ制覇だが、当時ジョンソンと共に史上最強のダブルエースを形成した相方のC.シリングもやはりユニークなセカンドキャリアを辿っていた。現役時代からゲーム専門誌を刊行したりゲーム会社を買収したりするほどの筋金入りゲームオタクだったシリングは、引退後に当然の如くゲーム会社を立ち上げてやはり精力的に活動していた(正確にいうと会社を立ち上げたのは引退前)。もっともシリングの方は、今年会社が破産し無一文になってしまったそうだが…


「(負けたら終わりのGame 5に誰でも好きなピッチャーを送り込めるとしたら誰?というファンの質問に)カート・シリングさ」




halvish