「共働きで中学受験」は可能か? 〜元塾講師の視点から〜

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『AERA』が投げた「小6の娘から『お母さん、仕事辞めて』働く母親のジレンマ」という記事が話題だ。

ネット上での抜粋版だけでは、「進学塾の宿題多すぎ、他の子はお母さんがべったりついて成績を上げている、だから会社やめて面倒見て」と訴える娘に睡眠時間を削って答える女性管理職の悩みが描写される。

この問題の根本原因は、記事内に登場する「非協力的な夫、批判的な実母」にもあるのだが、筆者は元塾講師の立場から、「母親がべったりつかないと中学受験は成功しないのか?」という視点で語ってみたい。
私が教えていたのは関西難関校狙いの中学受験塾と、中学受験〜高校受験で幅広いレベルをカバーする総合塾の2つだ。単に「中学受験」と言っても、「どの志望校を選び、どの塾を選ぶか」でしんどさは異なる。

カギは志望校選びと塾選び


実力に合わない難関校受験は、当然ながら手間がかかる。「このまま公立中学校に行くのは不安」なら、家庭教師をつける程度で受かる私立を探して受ければいい。「受験がしんどい」のは子どもに無理をさせるタイプの受験を選んだからだ。その時点で、親が専業主婦(主夫)だろうが共働きだろうが、へビーな数年間を覚悟しなければならない。

次に、塾選びに失敗するとしんどくなる。
遠い、宿題多い、弁当必須、人数多い、成績順で席替えやクラス替えを頻繁にする、自習室使えない、補習してくれない、などなど。

自分自身が「働く母親」になってわかったが、帰ってから子どもの勉強を見るのは厳しい。ただでさえ短い家族の時間に「イライラの種」を持ち込むことは、親子ともに不幸だ。共働きで「しんどい受験」に挑むなら、「勉強は見ない、睡眠時間の確保が最優先、健康&スケジュール管理のみ」が親の役目と割り切る。

その代わり、できるだけ面倒見のいい「こってり系長時間塾」や「個別指導塾併設型」を選ぶか、プロ家庭教師を併用する。送り迎えがしんどければ「子育てタクシー」やファミリーサポートを使う。

世の中金次第かよ、と言われそうだが、悲しいけれどそうだ。


稼がなくてもいい分を自分で手間暇かけるか、
稼いだ分でプロにアウトソーシングするか。


どちらもできないなら、中学受験は「家計の身の丈」にあっていないから辞めた方がいい。ネットで受験の相談を受けていると、「夫の収入が減って塾代が厳しい、このまま続けるべきか」という切実なものが増えてきた。住宅ローンと一緒で、「みんなが持ってる」「みんながやってる」という幻想から抜ける勇気が必要だ。

その代わり、地元公立中学やそこから進学した高校の情報を集めておく。
心と体の整ってきた中学生の方が、受験に向いている。

塾は金づるを手放さない


進学塾時代、校長を3年間やった。
自分のいた塾では、校長は営業課長でもあった。

いかに客単価を上げるか
=いかに受講科目を増やし、オプション授業を受けさせるか

いかに塾を辞めさせないか
=望みの薄い受験でもいかに煽り続けて、最後までしぼり取るか

子どもたちに向かい合う講師の多くは、祈るような想いで毎日指導に励んでいる。憧れている学校に入れてやりたいと、過労で倒れる先生が受験シーズンには続出する。私もその1人だった。

しかし、進学塾はビジネスだ。

校舎の家賃、人件費、もろもろの経費を賄うだけの売上を確保しなければならない。
少子化の中で生徒を奪い合うだけでなく、客単価向上は重要課題である。

ゆとり教育が始まった時、「塾業界には追い風」と経営陣は言いきった。

公教育がヤバくなるというマスコミと塾の広告に煽られ、一気に中学入試の受験生が増えた。かつてはクラスに数名だったのに、半数近くが受験に臨む小学校もある。そうなると、親は平常心でいられない。

学童保育がなくなる「小4の壁」に親が悩みはじめる時、塾は「新小4向け無料テスト」や説明会を仕掛ける。テストの結果がそこそこ良ければ、塾は積極的に中学入試へ誘導する。公立中学の悪口、成功事例、我が子の能力を褒める言葉を営業トークの合間にちりばめられ、親は中学入試へ踏み込んでいく。

「いやー高校受験で十分ですよ!」と言ってくれる塾講師は、なかなかいない。
内心思っていても、営業成績を重視する塾では言えないのだ。

中学受験は「専業VS兼業」の問題ではない


さて、冒頭の記事のケースに話を戻そう。

「お母さんが仕事を辞めなければ中学入試は成功しない」なんてことはない。
学校選び・塾選び・アウトソーシング。この3つで克服できる。

むしろ私は「べったり宿題を見て受験情報を集めるために口コミ掲示板にはりつき『脳に効く塾弁当』のレシピを見ながら手作り弁当を夕方持って行くお母さん」の方が心配だ。最近ではデータ分析や学校見学にお父さんが出てくるケースも増えた。勝手に連立方程式を教えて、算数講師を怒らせるのは教育熱心な父親に多い。

塾講師時代、親にお願いしていたことがあった。

「塾の担任は監督、科目講師はコーチ、保護者は応援団。私たちは受験終了と同時に、子どもと縁が切れる、だからいくらでも厳しくできる。でも、受験の結果がどうあれ子どもたちが帰るのは親のところ。信頼関係を壊してまで、親が追い詰めないでほしい」

見栄を捨てられずに無理目の難関校を目指し、本人の適性と能力を無視して詰め込み追い詰め、当然の結果として受験に失敗する。

「たとえ落ちても、子どもの前で絶対に泣かないでください」とお願いしても、子どもの手を引いて塾の扉を開けた途端に泣き崩れる母親がいた。子どもはそのそばで、申し訳なさと挫折感にうちひしがれている。

合格したらしたで、今までトップだった子が難関校で「できない子」グループに入る。また焦り、塾通いを再開する親がいる。受験の刺激が忘れられず燃え尽き症候群に陥り、「先生、気がつくとまた日程と偏差値表を眺めて『ここも受けていたら』なんて考えてしまうんです」と相談されたこともある。

もっと自分の人生を生きればいいのに。
若い私は、そう思って困惑していた。
子どもを持った今は、彼女たちを追い詰めていたものが少しだけわかる。


『AERA』の記事に登場した「お母さん、仕事辞めて」と訴えた女の子は、「もう受験は無理、塾通いしんどい、もっと構って、やめていいよって言って」が本音だろうと筆者は思う。

なぜこんな厳しい環境にさらされているのか、理解できない。
テストのたびに惨めな思いをさせられているのか、わからない。

親が専業であれ兼業であれ、同じ状況に追い込まれている小学生はたくさんいる。
自分が教えてイライラするぐらいなら、プロに委ねることも考えて欲しい。
逃げ場のない家庭は最悪だ。

「この受験、本当に必要なの?」
「自分がええかっこしたいだけちゃうの?」
「ホンマに地元の公立はあかんの?」

追い込みの時期に今さらな家庭はともかく、もう一度子どもと話し合うきっかけになれば、『AERA』の記事もムダではないと、元・塾講師は思うのであります。

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山口照美
広報代行会社(資)企画屋プレス代表。ライター。塾講師のキャリアを活かしたビジネスセミナーや教育講演も行う。妻が家計の9割を担い、夫が家事育児をメインで担う逆転夫婦。いずれ「よくある夫婦の形」になることを願っている。著書に『企画のネタ帳』『コピー力養成講座』など。長女4歳・長男0歳(2012年現在)