目に見える働きがなければ、センスなんて1円の価値もない

仕事とは? Vol.85

イラストレーター 中村佑介

人気イラストレーター・中村佑介氏がイラストを描く時に自らに課している基準とは?


■シビアに「金銭的価値があるかどうか」という基準を自らに課して描く

女性ばかり描いているのは、僕が男だからです。男のことはいやなほどわかっているけれど、女の人のことはわからないから知りたいと思える。わかり切ったものを描くより、「僕はこうだと思うけど合ってる?」と誰かに問いかけるように描く方が面白いし、面白がって描いているというのは見る人にも伝わる気がします。あとは、単純に女の子が好きなんですね。描かずにはいられない。

でも、昔は女の子を描けませんでした。正確に言うと、小学校高学年のころに描いてはいました。小さいころから絵が好きで、『キン肉マン』や『ドラゴンボール』を真似したような漫画をノートに描き続けていたんですけど、それとは別にピンク色のノートを用意して。裸の女の人ばかりを描いて、エロ本と同じ場所に隠していました。男が女の子を描くのは恥ずかしいことだと思っていたので、僕だけの秘密でした。

おおっぴらに女の子を描き始めたのは就職活動がきっかけ。子どものころからゲームが好きだったので、将来はゲーム会社で格闘ゲームのキャラクターデザインをやりたいと考え、大学ではCGやデザインを勉強してマッチョな男の子を描いていたんです。ところが、いざゲーム会社の人に話を聞いてみたら「これからは美少女恋愛シミュレーションゲームの時代。美少女も描けないと」と言われました。そこでいったん就職活動をやめ、卒業後は助手として大学に残って女の子を描き続けましたが、納得のいく1枚が描けませんでした。

僕には「美少女」が描けなかったんです。当時のゲームで男がときめく女の子と言えば、アニメに出てくるような黄色やピンクの髪で、目も胸もあり得ないくらい大きい美少女。僕は「美少女」と恋愛したいなんて思えなくて、もっとときめく女の子を描こうとひたすら練習しました。だけど、助手2年目ではたと気づいたんです。僕が描きたいのも恋愛したいのも現実の女の子で、ゲームの世界で求められるのは非現実的な女の子。根本に大きなズレがあるから、ゲームの仕事は自分には無理だって。

そのころから友人づてにイラストの仕事を始めました。今も担当している音楽バンド「アジアン・カンフー・ジェネレーション」のデビューアルバムにイラストを描いたりもしましたが、食べていける自信はありませんでした。仕事は途切れ途切れでしたし、どのコンテストに応募しても「ダサい」「何でこんな地味な女の子ばかり描いてるの?」と言われ続けていましたから。

それでも絵を描くのは好きだったし、ほかに描く人がいないからこそ、自分が描くんだというところがありました。僕のように「普通の女の子」に魅力を感じる人もいるに違いないって。だから、CD屋さんでアルバイトをしながらだらだらと描き続け、「センスはあるのになぜ売れないんだろう」なんてくすぶっていたんです。そんな時にアルバイト先の店長から言われた言葉で風向きが変わりました。

お店はたいてい暇だったのですが、ある日、店長が突然500枚くらいの1円玉を床にばらまいて「手で1枚ずつ拾え」と言ったんですね。誰もいない店内で。その店長にはよく遊んでもらっていたので、「何かのゲームなのかな」と思ってその通りやってみたら、これがなかなか終わらなくて。30枚以上は手に収まり切らないから何度もレジまで往復し、500枚集めるのに30分ほどかかりました。

ようやく集め終わった時、店長から「大変だっただろ。これが500円を稼ぐってことなんだぞ。お前は時給750円で雇われているけれど、その時給に見合う仕事をしてるか」と言われ、はっとしました。言われてみれば僕は、お店が暇なのをいいことにいつもぼーっとしていました。自分から仕事を見つけて何かをやることなんてなかった。店長の言葉で、お金というのは仕事の対価であり、仕事で責任を果たすというのはお金に見合う働きをすることなんだと心に刻み込まれたんです。

そこで自分のイラストを見て「何円の価値があるだろう」と考えてみると、僕にとっては何百万円の価値があったとしても、イラストに興味のない人なら財布を開くかどうかさえわからないなと思いました。一般の人が見ても楽しかったり、面白かったり、何でもいいから目に見える働きがなければ、センスなんて1円の価値もないと思い知りました。逆に言えば、イラストに興味がない人にも伝わる価値があれば、確実にきちんと売れる。アートではなくイラストを描いている限りは、そういう丁寧さや礼儀みたいなものを忘れてはいけないと肝に銘じ、その後は本当にシビアに「金銭的価値がある絵かどうか」という基準を自らに課して描くようになりました。運が向きだしたというか、仕事が途切れなくなったのはそれからです。


■自分のイラストがテレクラのティッシュに使われたって構わない

イラストが売れるというのは、消費されたり、飽きられてしまう危険性と背中合わせのところがあります。そうならないために心がけているのは、クオリティを落とさないようにするというのがまずひとつ。金銭的な観点で言えば、同じギャラであってもより手をかけ、丁寧な仕事をするようにしています。

それから、「仕事を選ぶ」ということは昔からやっていました。判断基準は僕の絵を必要としてくれているかどうかです。「アジカン」のヒットもあって仕事が増えてくると、僕の絵を見たこともないのに「はやっているらしい」と仕事を依頼されることもありました。そういう仕事をお受けして満足のいく商品ができるということはめったになくて。一方、「中村さんの絵が必要なんです」という人ときちんと仕事をして生まれた商品って、依頼主の資本力や知名度にかかわらず必ず気持ちが通じ合って熱のある商品になるんです。「熱いな」とまでは感じないにしても、「この商品は感じいいよな」というものは多分それなんですよね。

だから、「お金をたくさんもらえる」とか「有名になれる」という甘い誘惑に釣られて仕事をするのは危ないんじゃないかなと思います(笑)。「これだけちゃんと働いたから、報酬もこのくらいだよな」と納得できる仕事ってやはり地に足がついているというか、純度が高くて消費者にもちゃんと届くと信じています。

初めての画集『Blue』(2009年8月発行)の売り上げが8万5000部を超え、「すごいですね」と言ってくれる人もいますが、バカにされては困ります(笑)。確かに画集としては異例かもしれませんが、僕の目標は10万部売って画集を音楽CDのように認知させること。ちょっとしたミュージシャンのCDなら10万部は当たり前なのに、画集は数万部で大ヒットとみなされるのはイラストが一般の人に価値を認められていない証拠。これからイラストを仕事にしたいという子たちのためにも画集をヒットさせて、イラストレーターという職業を世の中に認知させたいんです。

ただ、思春期と呼ばれる世代の中でファンを増やしていくためのアプローチは『Blue』までである程度やり切った気はしているんです。だから、ファンの年齢層を広げようと今は大人に楽しんでもらえるような色っぽいものとかしみじみしたものや、赤ちゃんや子どもが喜ぶようなイラストもどんどん描いていきたいと思っています。僕の目指しているのは自分の世界観を人に伝えることではなくて、イラストでたくさんの人の役に立つこと。だから、自分がどう見えるかには興味がなくて、依頼主ときちんと話し合った結果なら僕のイラストがテレクラのティッシュに使われたって構わない。僕のイラストが役立っていればそれでいいんです。

美術大学やイラストレーションの専門学校などに講演に行くと、「自分らしさが欲しいです」「どうすれば個性を出せますか?」という質問をよく受けますが、自分なんて出しても仕方ないと僕は思っています。だって例えば、「これが自分らしさです!」と僕が裸になって町を歩いても誰も喜ばない(笑)。それよりも、ちゃんと相手のことを考えて何かをした時に人は喜んでくれるし、そこでどう相手を喜ばせたかにおのずと個性というのは表れるものだと思います。