栃木県宇都宮がギョーザの街になった理由とは?

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栃木県宇都宮市は、ギョーザ日本一の座を15年間守ってきた。

しかし2011年、なんと浜松市に一位の座を奪われてしまった。

なお、2012年8月の時点でも、世帯当たり購入額(総務省家計調査)は、浜松市についで2位。

ということで、ただいま一位の座の奪還に燃えている宇都宮。

そもそもなぜ宇都宮が「ギョーザの街」になったのだろうか。

時代は戦時中にさかのぼる。

当時、宇都宮にあった陸軍第14師団は、長く満州に派遣されていた。

その兵士が宇都宮に帰ってきた際、現地で食べられていたギョーザを広めたことが「宇都宮ギョーザ」の発祥と言われているそうだ。

また、栃木県は、ギョーザに欠かせない野菜である「ニラ」の年間生産量でもいつも全国1位、2位を争っている。

安くて栄養のあるギョーザは、寒暖の差が大きい宇都宮では、スタミナ源として好まれてきたという。

こうして、宇都宮ではギョーザがよく食べられるようになった。

「女子高生は学校帰りにしばしばギョーザを食べる」といわれている宇都宮市だが、実は、もともと自分たちの街を「ギョーザの街」だと思っていたわけではないという。

1990年、まちおこしになるものを探していた市の職員が、宇都宮市のギョーザの購入額が日本一ということを知り、「ギョーザでまちおこしをしよう」と発案。

これを受けて、観光協会が市内のギョーザマップを作ったり、ギョーザ店が集まって「宇都宮餃子会」を発足させたりといった取り組みが始まったのだという。

この街には、「ギョーザの街」の象徴ともいえる「餃子像」もある。

現在、JR宇都宮駅西口のバスターミナルに設置されているこの像は、タレントの山田邦子さんが司会をしていたテレビ番組「おまかせ! 山田商会」の企画で設置。

このまちおこし企画がきっかけで、宇都宮市が「ギョーザの街」として全国に有名になったのだ。

「餃子像」は、ビーナスがギョーザの皮に包まれた姿を表現しており、柔らかく加工がしやすいという地元産出の「大谷石(おおやいし)」でつくられている。

デザインを現代彫刻家の西松鉱二氏がてがけたという。

ちなみに2008年、JR宇都宮駅東口広場に設置されていた「餃子像」を、西口バスターミナルへ移動させる作業中に像が転倒。

脚と胴体部分が割れるという悲劇に見舞われている。

壊れた「餃子像」は、修復作業を行うとともに表面をキレイにし、西口バスターミナルに移転設置されている。

「餃子像」を見る時は、「修復された部分」なども探してみてほしい。

宇都宮のギョーザの特徴のひとつは、ギョーザ専門店が多いことだろう。

しかも、メニューにはギョーザしかないという店も多い。

ご飯などがないところもあるので、注文するときは「やき1、すい1」(焼きギョーザ1枚、水ギョーザ1枚)というのだそうだ。

地元でないものからすれば、一体なんのこと? と思ってしまう。

また、1皿の値段がとても安い。

一般的な価格が1人前200円程度と、学生がおやつに気軽に食べることができる価格に設定されている。

さて、その宇都宮ギョーザだが、普段、筆者が食べているギョーザとくらべると肉が少ない。

いや、野菜がとても多いのだ。

かんだ瞬間、中からとてもやさしい甘みの汁が、じゅわっと口の中にひろがる。

タレは、最初は酢が多いように感じるが、ギョーザ自体にしっかりと味がついているのでちょうどよい。

表面がカリッと焼き上がっていても、皮にしっかりと弾力が残っているのが印象的だ。

実は、こんなに食べられるの? という量を用意していたにも関わらず、どんどん箸が進んでしまい、最後のひとつは家族で争奪戦に。

宇都宮のギョーザ、恐るべし。