『ものづくりのイノベーション「枯れた技術の水平思考」とは何か?』(P-Vine-Books)

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 コンシューマゲームファンにとってのXデーが近づきつつある。

 その日は12月8日。世界に名をはせる任天堂が放つ、最新ゲームハード「Wii U」の日本国内発売日である(海外では先駆けて11月に発売される)。ゲーム市場全体の冷え込み、相対的に市場規模を拡大し続けるソーシャルゲームの台頭など、さまざまなニュースが関係者やゲームファンに届けられる中、果たして任天堂はどのようなゲームライフを我々に提示してくれるのだろうか。

 そのように世界中が注目する今だからこそ、任天堂の次の一手に期待を寄せつつ『ものづくりのイノベーション「枯れた技術の水平思考」とは何か?』(P-Vine-Books)を読んでみてはいかがだろうか。

 本書は大ヒット玩具「ウルトラハンド」に始まり、「ゲーム&ウオッチ」「ファミコン」「ゲームボーイ」といった任天堂のヒット商品を次々と考案しながらも、1997年に不慮の交通事故で他界したクリエイター・横井軍平氏がよく口にしていた発想方法「枯れた技術の水平思考」を、彼自身の言葉から読み解く発言集である。ゲームファンのみならず、技術分野・開発分野に携わる人ならこの言葉を、一度でも聞いたことがあるだろう。

 「枯れた技術」=「すでに広く使用されてメリット・デメリットが明らかになっている技術」でコストを減らし、「水平思考」=「現在利用されているジャンルから離れ、まったく別のものに置き換えて使うことにより新しいものを生み出す、というこの考え方は、今や任天堂という大企業の根幹をなす思想となっている。

 それを裏付けるように、家庭用ゲームが高度化・複雑化する中、任天堂はひと世代前のコンシューマゲーム機「ゲームキューブ」のアーキテクチャを応用しながらも、「家族で遊べるゲーム機」というコンシューマゲーム機の根本に立ち返った思想で設計された「Wii」や、タッチパネルという直感的な操作で老若男女問わず楽しめる「ニンテンドーDS」などを次々とヒットさせたことを記憶している読者も多いだろう(ただ、その後、ファミリー層が「ゲームファン」として定着したかどうかは別の話)。

 世界一のゲームメーカー・任天堂に、今もなお多大な影響を残す横井軍平という人物が、いったいどのようなことを考え、ゲームという「ものづくり」に向き合ってきたかがうかがえる本書だが、

「本当の先端技術を使ったら売れるものはできません。娯楽の世界ではそんな高い商品は誰も買ってくれないのです」

「テレビのような受動的な機器には、そもそも立体の必要がないんじゃないですか。能動的に関わる世界ではじめて、立体であることが意味を持つんです」

 など、ゲームファンのみならず、すべての「ものづくり」に携わる人々にとって多くの示唆を含んだ発言も多数収録されている点にも注目したい。

 そして本書最大のポイントは、稀代の失敗ゲーム機として今もなおゲームマニアの間で語りぐさとなっている「バーチャルボーイ」の狙いについての、横井氏の発言がまとめられている点である。

 かつては新機種が出るたびに、新たなエンタテインメント性を提案してきたゲーム機だが、ゲームのアイデアや内容ではなく性能勝負となってきた94〜95年当時、彼が感じた閉塞感と新たな娯楽を提案せねばならないという危機感もまた、現在のコンシューマゲーム業界を先取ったものだといえる。

 ゲーム機の性能競争が進むことでライトユーザーが振り落とされ、やがてゲームはマニアのものとなって先細っていく……。そんなゲーム業界の趨勢に危険性を感じた横井氏が、新たなゲームの価値観を提唱すべく誕生したのが「バーチャルボーイ」だったのだ。

 バーチャルボーイを評価できなかったゲームファンに見る目がなかった、と断罪するつもりは毛頭、ない。だが、あの時……いや今も、我々はあまりにも表層的にしかゲーム、ひいては「ものづくり」というものを捉えていなかったのではないだろうか。

 「ものづくり」という行為に対して物の見方をあらためて問い直し、日本が「ものづくり大国」として復権するためのヒントがちりばめられている現代のバイブル。それが本書なのだ。