テレビ朝日でオンエアされている木曜ドラマ「ドクターX 〜外科医・大門未知子〜」がなかなか面白い。視聴率も18%前後と同時期ドラマの中では首位をキープしているから、視聴者にも響いているのだろう。

ただ、内容的には、病院内部での人間模様を描いたもので「白い巨塔」以来の伝統的なスタイルと言っていい。むしろ裏番組の「レジデント 5人の研修医」(TBS)の方がアングルとしては斬新なようにも見える。そんな中、「ドクターX」が視聴者に響いている理由とは何だろうか。


主人公はカバン持ちを拒否する「非正規雇用の女医」


実は本ドラマには、もう一つ重要なアングルが隠されている。それは「雇用」だ。主人公の女医は大学病院の正規職員ではなく、実はフリーの非正規雇用だ。彼女は非常にドライで、契約時に交わした職務定義書に書かれている仕事以外はやろうとしない。


院長のカバン持ちや学生の指導、その他雑務等、正規職員である医師であれば普通は行うであろう業務も一切拒否する。もちろん、残業も(原則として)受け付けない。それでいて手術の腕は一流であり、病院側からも頼りにされている。


当然、終身雇用のメンバーである医師たちは面白いはずがなく、さまざまな軋轢を引き起こすことになる。要するに、専門性のある職務給ベースの人材と、終身雇用身分に属する人材という隠れた対立軸が根底にあるわけだ。


おそらく、脚本家も意識しているのだろう。「フリーターの癖に生意気だ」的なセリフが随所にちりばめられている。


終身雇用制度がほころびる中、正規メンバーとアウトサイダーの対立構図はどこの職場でも大なり小なり目にするものだ。「ドクターX」が視聴者に響いた背景には、そういった事情があると思われる。


ところで、アナウンサー職の流動化を見ても分かる通り、まず優秀層から離職し始めるのは、労働市場流動化の正しいステップだ。筆者は、この流れが一般のサラリーマンにも徐々に広がっていくとみている。と書くと「非正規雇用なんて使い捨てられるだけだろう」と身構える人がいそうだが、そう考えるのは早計だ。


「支える側」と「支えられる側」がいる日本企業


意外と誤解している人も多いが、従業員の賃金というのは、終身雇用だろうが年俸制の外資だろうが、(業種が同じなら)総額でみると一人頭はほとんど変わらない。


ただ、勤続年数に比例した横並びをベースとするか、それとも個人の成果によって大きく差をつけるか、要するに分配の仕方が違うだけだ(ちなみに筆者がいつも言っているのは、「規制緩和して全員の総額を下げろ」ということではなく、「規制緩和してもっと効率的に分配しろ」ということに過ぎない)。


そう考えると日本企業の従業員には、支える側と支えられる側の2種類の人間がいるのがわかる。前者は働きの割に安い賃金しか受け取らず、後者はそれによりかかって賃金を得ている。


確かに後者が独立しても、彼はきっと安く使い捨てされる下請けくらいにしかなれないだろう。だが前者が独立すればどうなるか。


組織が彼を必要とするなら、社内ルールに基づいた賃金ではなく、労働市場における対価を用意しなければならない(当然そのコストをねん出するためのリストラもしなければならない)。


「年長者を養うためにコキ使われるのはバカバカしい」


実は筆者の知人にも、数年前に大学病院を飛び出してフリーとして活躍する医師がいる。労働市場を通じてスキルを売ることで、氏の年収は勤務医時代の3倍にもなったそうだ。以下は氏の言葉だ。


「能力や意欲の低い人間、年功序列の名誉職にふんぞり返っている年長者を養うためにコキ使われるのはバカバカしい。またそんな身分のために、意味のない雑用までやらされるのもバカバカしい。優秀者は組織を飛び出して、組織と対等な関係で再契約した方がいい」

労働市場の流動化というと、なんだかハードルが高そうだと感じている人も多そうだが、実はイニシアチブを握っているのは(優秀な)労働者の側である。


彼らが「生産性に応じた賃金を寄こせ」と公然と要求し始めた時、古い秩序は音を立てて崩壊するだろう。個人的には「ドクターX」がそこまでやってくれるかどうかに注目している。(城繁幸)