三井住友海上火災保険社長 
柄澤康喜氏

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三井住友海上火災保険社長 柄澤康喜(からさわ・やすよし)
1950年、長野県生まれ。75年、京都大学卒業後、住友海上入社。企画畑中心にキャリアを積む。2008年、取締役専務執行役員、10年4月より現職およびMS&ADインシュアランスグループホールディングス取締役。

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強い組織とは、必要な情報が的確に収集され、組織のメンバー全員でリアルタイムに共有されているものです。正しい解を導き出せるかどうかは、ここでほとんど決まると思います。

的確な情報を集めるには、組織全体で、課題や問題意識を共有していることが大前提です。まず、問われるのは関係者に等しく情報開示を行っているかどうか。社員に対して、経営陣が何を考えているか、今、経営上どんなことが問題になっているかを可能な限りディスクローズすることだと考えています。情報を公開するリスクより公開しないデメリットのほうがはるかに大きいからです。向かうべき方向性を共有できていない組織は、道標である情報を的確に収集することはできないでしょう。

次に集まった情報を分析する際に留意しておきたいのは「事実(fact)」と「真実(truth)」は異なるものだということ。例えば、企業買収を考えるときに、財務諸表にある「売り上げが伸びている」「利益率が高い」といった表面的な数字は、一つの「事実」にすぎません。なぜ伸びているのか、経年ではどうだったのか、そして社員のモチベーションや社内のモラールはどうか。買収のシナジー効果で現況が大きく変化するかどうか。本当に掴まなくてはならない情報とは、このような「真実」だと思います。「真実」に到達するためには、集めた情報の精度を上げることや様々な角度からの慎重な分析が必要です。

次に情報の判断基準として大切なのは、リスクファクターの分析だと思います。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」というのは東北楽天イーグルスの野村前監督の言葉です。経営もこの通りで、失敗には必ず理由があると思います。過去に似たような失敗例はないか、会社が負える最大リスクはどのくらいまでかを分析することが大切です。一方で、許容範囲のリスクなら取らないと成長は望めません。

そして、最後にマーケットインの発想、つまりお客さまがどう考えるかということが重要です。金融機関というものは、マーケットよりもプロダクトアウトの発想に陥りがちです。「自分たちの目から見て『いい商品』をつくれば売れる」と考えがちです。でもこれでは会社を正しい方向に導けないと思います。

これらの要素を検討したら、可能な限り早く決断を下すことが大切です。「巧遅拙速(こうちせっそく)」、私の好きな言葉ですが、全員が賛成する状況を待っていては手遅れになるということです。そうした状況では、競合他社も同じ戦略を考えているからです。新しいこと、特に局面を大きく変える強い決断を下そうとするとき、できない理由を挙げてくる人は非常に多いでしょう。いわゆる「No because」ですね。しかし、それにとらわれると何もできないと考えています。

1996年、生保子会社の設立のときがそうでした。私は社長室で事務方として携わっていたのですが、最初は「飽和した市場で事業化の目処が立つのか」といった

「やるべきではない」という意見が山ほど出されました。でも、当時の諸先輩が10年、20年先の事業モデルを考え、生保と損保のクロスセルにより、事業は可能な限り多様化していくべきだと会社を導いたのです。2001年の旧三井海上と旧住友海上の合併のときもそうでした。今、この経営統合がどれだけ大きな意味を持ったかは、当社の現状を見ていただければわかっていただけるでしょう。

損害保険事業には、自然災害やテロのような大きなリスクファクターがあります。そのため、あまり一つの地域や一つの分野に売り上げを依存しすぎると、日本で広範囲に大地震が起こったような場合、大きなリスクとなります。合併によるシナジーを利用して、海外での積極的な事業展開を図るなど、事業の多角化が大切だと判断されたのです。それは、日本国内で長期安定的に商品を供給するためにも、事業のグローバル化や多様化が不可欠だという判断だったと思います。これは、10年4月からの3社統合でも関係者の共通認識の一つでした。

■なぜ最大の危機をチャンスに変えたのか

チャンスは変化や危機の中にこそある。それをとらえられなければ、企業価値の増大も成長も不可能です。4年前、私が企画担当役員だった頃、保険金の支払い漏れで業務停止命令を受け、会社は、創業以来最大の危機といえる状況の中にありました。すぐに対応策を議論しましたが、結果は「商品・サービスの品質を競争力にする新しいビジネスモデル」というものが共通の認識となりました。危機を好機ととらえ、ゼロからやり直してみようという考えでした。当然、目先の数字や成長を抜きにして大丈夫かという声はありました。でも、マーケットインの発想を突き詰めればそれしかないという結論でした。

そして、当時の社長と会長が1からスタートすることを決断してくれました。結果、他社に先駆けた新しいビジネスモデル「品質向上運動」や商品、販売、損害サービス、事務・システムの「4つのイノベーション」を新たな戦略としてすべてのステークホルダーに対して打ち出すことができました。

業務品質の向上を最優先としたため、一定の成長を犠牲にせざるをえませんでしたが、それが今の成長につながったと思います。

私は、入社以来、営業部門と企画部門との間を出たり入ったりした会社生活を歩んできました。当時、損保の商品は、どの会社も内容はほとんど変わりがありませんでした。その中で学んだことは、あえて他社に抜きん出るには、情報の正確さとスピードしかないということ。一刻も早くジャッジを下し、他社より一歩早くやる。これをしつこいほどに繰り返すしかないのだと学びました。

これからますます世界はスピードを上げて変化していくことでしょう。企業のビジネスモデルが似通ってくるのは仕方がないことです。そうなると、一つの価値観だけに固執せず、二律背反の現実や矛盾を受け入れることも必要になってきます。

「社員はジェネラリストに育てたほうがいい」という考えに対して、「スペシャリストとして専門性を磨くべき」という考え方があります。また、プロジェクトを進める際に「計画はよく練り上げたほうがいい」ことは当然ですが、状況の変化を捉え「臨機応変に対処すべき」というのも正しい考え方です。いずれも、どちらか一つの考えが完全に正しいというものではないでしょう。このような二律背反する概念を己の中でマネージし、時と場合によって臨機応変に対応していく柔軟さが、特に管理職には求められる時代になっている。

「自分はなぜこの仕事をしているのか」「わが社は何のために存続しているのか」といったことを常に己に問いかけ、ぶれない軸・価値観を培うことです。そこで初めて物事の本質が見えてくると思います。

また、人と話すとき、相手が本質的に何を考えているのかを感じ取る努力をすることも大切です。まずは、話すよりも「聞く力」を身につけることだと思います。

そのためには話しかけやすい雰囲気を意識してつくる。私自身、少し気が短いところがあると自覚しているからこそ、報告を受けるときは、どんなときもまず笑顔で迎えることにしています。そうしないと職位が上にいくほど、正確な情報が上がってこない「裸の王様」になってしまう。特に悪い報告ほどきちんと聞く姿勢を見せるようにしています。悪いニュースを解決することこそが、権限と表裏一体の責任、トップにとって最も大切な仕事なのですから。

※すべて雑誌掲載当時

(木下明子=構成 大沢尚芳=撮影)