マンハッタンの古地図とハリケーンサンディ緊急避難区域が完全に一致

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左は1776年のマンハッタン島、右はハリケーン・サンディの緊急避難区域。なるほど...今回緊急避難命令が出たゾーンA(赤)は、1776年当時まだ海だった場所なんですね。

ゾーンAは海抜が最も低く、浸水の可能性が最も高い区域のこと。サンディの影響で今だに水に浸かったままの地域も多々あります。マンハッタンが埋立てされて今のかたちになる前は、このゾーンA東の境界線のグリニッジ通りまでハドソン川だったんです。

古地図と照合して気づいた点をManhattanPastはこうまとめていますよ。


グリニッジ通りに沿って流れるゾーンA東の境界線(昔のハドソン川沿い)は、1776年当時ウォーターフロントだった場所だ。

昔イーストリバー河畔の停泊所は内陸のクイーン通り(現在のPearl通り)まで食い込んでいたが、イーストリバー側のゾーンAの境界線もこの通りのそばに引かれている。

1776年の古地図で目を引く点は他にもある、「Bayard's Mount」だ。ここはこの一帯にそびえる高台で、もともと貯水池があった場所の北と北西には「Marshy Ground(沼沢地)」と記されている。貯水池は19世紀初頭に水を抜き、Bayard's Mountを切り崩して埋め立てた。が、緊急避難プランを見ると、貯水池と沼地のあった低地がカギ形の元の地形のまま、現マンハッタンのゾーンB境界線となって現れているのがわかる(ソース:ManhattanPast


埋立てて百年経っても...浸水区域ってそう簡単に変わらないものなんですね...。


[ManhattanPast]
h/t Adam Rogers, Tim DeChant

Leslie Horn(原文/satomi)