「"地獄の伊東キャンプ"を再現させる」――横浜DeNAの中畑清監督が9月末にそう宣言した秋季キャンプがついに始まりました。

 「地獄の伊東キャンプ」とは、1979年の10月に静岡県伊東市で行われた、長嶋茂雄監督率いる読売巨人軍の約1カ月に及ぶスパルタ合宿のこと。伊東に集められた選手は、中畑氏をはじめ江川卓、西本聖、松本匡史選手など18人。平均年齢23.7歳という若いメンバーです。V9時代の選手も引退が近づき、Bクラス5位という成績でシーズンを終えた長嶋監督が、「巨人の転換期」として若手の意識革命を目的とした異例の秋季キャンプだったのです。

 その中身がどれほどのスパルタだったかといえば、100回単位で回数が増える腹筋や、モトクロス場跡地での30度はあろうかという急斜面のダッシュ、打撃練習では1日中バットを振り続けたために手の感覚がなくなり、周囲の人に「はがして」と頼まないと手からバットが離れない...というエピソードもあるほど。今でも球界関係者の間では「伝説」として語りぐさになっているといいます。

 そんなキャンプのルポタージュ『地獄の伊東キャンプ 一九七九年の伝道師たち』のなかで、実際に参加した選手たちは「伊東キャンプこそが自分の原点である」と口を揃えます。それは、青年監督・長嶋が「技術を磨くのではなく、心を鍛えるキャンプだ」とキャンプ初日に檄を飛ばした通り、選手たちの意識が変化していったからです。厳しい練習を乗り越えていくなかで、「やらされる」練習から、コーチや監督に「チャレンジしている!」という「やる」練習に変わっていったというのです。

 こうして育った若手選手を中心とした巨人軍は、伊東キャンプの翌々年、解任された長嶋の後を受けた藤田元司監督(当時)の下で再び日本一に輝きました。そして、それから25年を経た2004年のアテネ五輪。長嶋監督により若手中心で編成された日本代表チームは、その後、大半のメンバーが2009年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に参加し、王貞治監督(当時)の下で世界制覇を成し遂げます。

 いずれも長嶋氏の蒔いた種が実を結んだものであり、「(若い選手を高いレベルで競わせるという)長嶋茂雄のポリシーは30年以上に渡って終始一貫していた」と本書の著者でルポライターの鈴木利宗氏は指摘しています。

 そんな長嶋監督の意思を受け継ぐ中畑監督の率いるチームが「DeNA(DNA=遺伝子)」だというのも何だか因縁めいています。「少々ぶっ壊れてもいい」と公言する中畑DeNAの秋季キャンプには、いったいどんな"地獄"がまっているのでしょうか。



『地獄の伊東キャンプ 一九七九年の伝道師たち』
 著者:鈴木 利宗
 出版社:大修館書店
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