曳野 孝 京都大学 経営管理大学院准教授 
一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程在学中に渡米。ハーバード・ビジネススクール上級研究員、MIT国際関係研究所研究員等を経て1998年4月より現職。

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■「イノベーション」はもはや通用しない!

経済学者ジョセフ・シュンペーターは「イノベーション」の概念をつくり5つ(1.新しい財貨の生産、2.新しい生産方法の導入、3.新しい供給地の開拓、4.新しい仕入れ先の獲得、5.新しい組織の構築)に類型化した。これらの戦略は現代のビジネスでも示唆に富むが、当時と現在では状況が異なる。当時は市場そのものが発展段階で不完全なものだったのに対し、現在は市場が成熟し、決定的に競争的になっているのだ。

経済学の理論では、市場が完全競争下では経済学上の企業の利潤はゼロに近づく。ここから抜け出すためには、独占的な要素を持ち込む必要がある。決定的に競争的な現在の市場では、イノベーションによる差別化が大切だ。

では現在、何が独占的要素になるのか。一つは「規模の拡大」。価格から原価を差し引いたものが利益だが、価格競争が始まって価格が下がれば、原価を下げて利益を出すしかない。競争的な市場でも、1社または数社だけ大規模な設備投資を行えば、コストダウンは可能だ。

だが、規模の経済が利く産業ばかりではない。例えば養鶏農家では鶏舎を大規模化しても生産コストの削減には限界がある。もちろん価格を上げれば利益が増えるが、養鶏業ではイノベーションも難しく、実質的に値上げは不可能。実際に否応なく価格競争に巻き込まれ、利益を削れるだけ削って対応している農家が多いはずだ。

しかし可能性がないわけではない。

その鍵が「ブランド」だ。ブランドは独占的で他社は使えない。競争的な市場でもブランドが確立できれば差別化して価格を上げることができる。

養鶏農家にブランドはそぐわないと考える人もいるだろう。しかしアメリカでは、ブランド戦略で成功した起業家も実際にいる。

1970年代、フランク・パーデューという養鶏農家の農夫が、鶏肉に「フランク・パーデューズ・チキン」と名づけて、ほかより少しだけ高い価格で売り出した。同時にパーデュー氏自らが出演するテレビCMも流した。味はほかのチキンとさほど変わらないが、これが大当たり。パーデュー・チキンは最大手に成長した。鶏肉に名前をつけてテレビで宣伝することなど考えられない時代。コストや品質が変わらない商品も、ブランド名を冠しプロモーションすることで競争力をつけ、売り上げを伸ばすことができた。

ユニクロの躍進も、柳井正社長のブランド戦略があったからこそと考えられる。80年代、カジュアルウエア業界は中国製衣料の流入で価格競争が激しくなっていた。柳井氏がユニクロ1号店を出店したのは、その最中である84年。当時の店名は「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」。つまり店名そのものに、独自のSPA(製造小売業)戦略に基づく衣料を提供するという、現在に至る差別化コンセプトを内包していたわけだ。

手ごろな価格でファッショナブルな商品を提供する――。これがユニクロのブランドコンセプト。ユニクロは価格競争を促す側で成長したが、ブランド確立後は低価格に依存しない体制を築き事業を展開している。

他社と差別化が難しい状況の中で、ブランドをいかに確立するか。それが利益を確保し続けるカギである。

(京都大学 経営管理大学院准教授 曳野 孝 構成=村上 敬 撮影=浮田輝雄)