日本人が恋愛ベタと言われる理由とは?


恋愛が下手なのは日本人の国民性・・と呼べるほど、この国は、世界から見ると異質にうつるようです。



社会心理学者の加藤諦三は、自身の著書で「恋愛は非進歩的なものであり、日本人の精神構造にはあわない」とも述べています。



今回は、グローバル化がすすむ今だからこそ、知っておきたい「日本人の精神構造」に関するハウツーをお届けします。





■甘えの構造から抜け出せていない



このタイプの人間は恋人とケンカになると、自分の非よりも「彼氏が悪いの!」と一方的にしかってします。



「男に遊ばれた」と嘆く女も、同様。うまくいかないことがあるとすべてを他人のせいにする愚か者です。なぜ「自分がしたかったからカラダを許しただけ」とすがすがしく言えないのでしょうか。



他人の目ばかり気にして、誰からも好かれる「いい子ちゃん」でいたいのなら、最初から何もしないのが正解。「私はこんなにしてあげてるのに」と恩着せがましい、重い女を抜け出すには「甘え」を捨てなければなりません。



■感情におぼれやすい



カレのことを愛するとは、「好きだから」という感情におぼれてはいけないことを意味します。依存心を持ったまま誰かを愛してしまうと、そこには病理が生じるのです。



「病理」と聞くと、なんだかとても大げさで、自分たちの恋愛には関係のないようなもののように思えますが、日常生活でカレを束縛したり、嫉妬(しっと)の感情をぶつけたりすることがふたりの関係を破滅させる序の口なのです。



「愛するとは、すべて自らの感情に身を任せないということ」を頭にいれておきましょう。



■支配欲を捨てられていない



自由について哲学者のヘーゲルが「最高の共同が最高の自由である」と述べたように、支配や権力で頭がいっぱいの人間は、永遠に自由を手に入れることができません。



これを男女関係にあてはめると、愛し方を知らない男女は、「自分」と「ありのままの自分を受け止めてくれる恋人」との間に力関係を持とうとします。思い通りに相手を操ることで、自分の欲望を満たすのです。



相手がいないと幸せを感じられない個人というのは、「いつか恋人を失うかもしれない」という不安に苛(さいな)まれ、永遠に「寂しさ」という呪縛(じゅばく)から抜けさすことができないのです。



■謙遜(けんそん)をせずにはいられない



日本人は「私なんて・・」という言葉が好きな民族。本音と建前に大きな乖離(かいり)があると、次第に心は疲れてしまいます。そういう人間は、イザというときに開き直って相手をののしる傾向があるようです。



自分らしさを楽しめないといつまでたっても魅力的な人にはなれません。周りと違っても平気といえる勇気を持つことが、ムリをしないための第一歩です。



■弱さと優しさの区別ができない



別れ話をしているときに、「お前のこと、嫌いになったわけじゃないからね。お前がつらい顔をしてるとこ、みたくないよ。」という男性っていますよね。



冷静になってみると「なんて身勝手な発言なのかしら・・」と思えるのですが、こういう男を「やさしい」と勘違いする人がいます。



カレは、やさしいのではなく、ただメンタルが弱いのです。自分の心が弱いために、彼女に泣かれるとどうしようもなくなるというのが本音。そんな脆(もろ)い男に寄りかかっても、自分が苦しくなるだけです。



■おわりに



いかがでしたか。



何を重んじて生きるのかは、個々人の自由です。大切なのは、自分は何を大切にしたいのかを明確に持って、日常の小さなアクションも意志を持って起こすことです。



人のせいにしたり、誰かに寄りかかったりする人間に、恋をする資格はないのかもしれませんね。



参考図書:加藤諦三『性格が決める「つらい愛」「楽しい愛」』三笠書房



(さとみん/ハウコレ)