内田和成  
早稲田大学ビジネススクール教授 
慶應義塾大学経営学修士(MBA)。日本航空を経て、1985年ボストン コンサルティンググループ(BCG)入社。2000年6月から04年12月までBCG日本代表、09年12月までシニア・アドバイザーを務める。

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■市場と競合、2つのリスクを検討すべき

新規事業というネーミングは誤解を招きやすい表現だ。

新規事業というと真っ白なキャンバスに自由に絵を描けるような印象を持つかもしれないが、実際は違う。

新規事業の99%は、自社にとって新規でも、すでに市場に既存の業者が存在している。つまり新規事業の圧倒的多数は、単なる新規参入にほかならない。

新規事業を検討するとき、企業は「そこに市場はあるのか」という市場リスクを真っ先に考える。しかし、新規事業の多くが新規参入であるなら、市場リスクの検討だけでは不十分。むしろ注意すべきは競合リスクだ。

花王がエクセレントカンパニーであることは多くの人が認めるところだが、その花王でさえ化粧品分野への参入は困難を極めた。基礎化粧品に関しては「ソフィーナ」ブランドで成功したものの、競合の強いメーキャップ分野では苦戦が続き、結局はカネボウ化粧品を買収するまで芽が出なかった。いかに新規事業が難しいか、おわかりいただけるだろう。

自社が市場を開拓したとしても油断はできない。みなさんはホームベーカリー(家庭用パン焼き器)を最初に世に送り出したメーカーをご存じだろうか。いまやホームベーカリー市場は年間出荷数43万台(2009年)に成長したが、この市場を切り拓いたのは船井電機だった(1987年)。

ところが、その後、大手メーカーが続々と参入し、船井電機は早々に市場からの撤退を余儀なくされたのだ。市場性が高ければ、他社にとっても魅力的な新規事業になる。たとえブルーオーシャン(競合相手のない領域)を見つけたとしても、その後の競合との戦いに負けてしまえば元も子もないのだ。

その意味でいま注目したいのは、デジタルフォトフレーム市場だ。

この市場はソニーが08年に参入して火がついたが、以降さまざまなメーカー、富士フイルム、コダック、LG、サムスンなど、電機メーカーだけでなくフィルムメーカーやカメラメーカーも参戦し、現在は異業種格闘のごとく百花繚乱の様相を呈している。

しかも今年になってからは、純粋な意味でのデジタルフォトフレームではないものの、IT総合メーカーともいえるアップルがiPadを発売し、この市場の顧客を結果的に奪っていくだろう。

そうなると、デジタルフォトフレーム市場はブルーオーシャンどころか、まさしくレッドオーシャン(血で血を洗う競争状態)と化す。市場性が高いからといって安易に参入すると、予想だにしなかった異業種企業をも交えた果てしなき消耗戦へと巻き込まれることになる。おそらく数年後、この市場で生き残っているのは1〜2社だろう。

では、具体的に新規事業のリスクをどのように判断すればいいのか。

比較的取り組みやすいのは「シナリオプランニング」だろう。

未来が確実に予測できるなら、新規事業のシナリオは一本道でいい。しかし、現実はコントロール不能で予測のつかない要因に溢れている。

シナリオプランニングは、そうした不確実性があることを認めて、リスク要因ごとに複数のシナリオをつくって全体のリスクを管理する手法である。

やり方を簡単に紹介すると、まずプロジェクトを進めるうえで不確実性が高く、なおかつ影響度の大きいリスク要因を抽出する。リスク要因が2つなら、2×2で計4つのシナリオができる。

このうち自社に最も都合のいいシナリオはリターンが大きく、都合の悪いシナリオはリスクが高いといえる。あとはそれぞれのシナリオに設定した先行指標をモニタリングし、どのシナリオに近づいているのかによって、リターンやリスクを評価する。

不確実性を織り込むという意味では、大ヒットではなく中ヒットを狙う戦略も重要だ。大ヒットはしょせん水モノであり、リソースを集中的に投下しても成功する保証がない。

しかし中ヒットなら、数を集めることで、リターンとリスクをある程度コントロールできる。

例えば初速が鈍い商品があれば、プロモーション費用を別の商品につけかえてもいい。実際、業績のいいレコード会社やゲーム会社は、大ヒットがなくても中ヒットを量産することで利益を出している。不確実性の高いところに膨大なエネルギーを使うくらいなら、割り切って切り捨てるという選択もありうる。

一方、不確実性よりも意思決定の選択肢(オプション)に焦点を当てて事業計画を評価する手法が、「リアルオプション」である。

アパレルを例に取ろう。春物商品を企画する場合、従来は前年の夏に企画を固め、その時点で売れるかどうかの評価を下さなくてはいけなかった。

しかし、SPA(製造小売業)として企画から販売まで垂直統合で手掛けるようになると、開発や製造などの段階で、さまざまな情報を加味して数量やデザインを変更することが容易になる。

リアルオプションは、このように途中で選択可能なオプションの価値を定量化し、全体を評価に組み込む手法だと考えてもらえばいい。

■若い世代の「これをやりたい」が推進力に

リアルオプションはもともと金融工学のオプション理論をベースにした手法であり、複雑な計算が必要である。しかし、エッセンスだけでも十分に応用は可能だ。例えば新商品の市場投入を考えてみよう。

一般的に販売機会を重視して多めに生産すれば、リターンが見込めるかわりに、不良在庫を抱えるリスクも高くなる。かといって生産量を絞れば販売機会のロスにつながり、リターンも減る。妥当な生産量はどの程度なのか、実に悩ましい問題だ。

ただ、それを決める前にテストマーケティングを行い、結果を見てから生産量を調整すれば、販売機会のロスや不良在庫といったリスクを軽減できる。

実際にサンリオは直営店でテスト販売を行ってからキャラクター商品の生産量を決め、効率よくフランチャイジーに展開しているという。これはまさしくリアルオプションの発想だ。

シナリオプランニングやリアルオプションは、リターンとリスクの評価に有効な分析手法だ。新規事業を経営層に提案するときには何らかの裏付けが必要になるが、これらの手法をぜひ積極的に活用してもらいたい。

ただし、経営層には別の視点も求められる。従来の方程式で利益が出なくなったからこそ、多くの企業は新規事業の必要に迫られている。そうした現状を考えると、経営層は従来の評価手法の枠組みを超えて、柔軟な発想で新規事業の可否を判断すべきだろう。

私なら成功した場合のリターンよりも、失敗した場合の無形のリターンに焦点を当てる。先に紹介した手法で不確実性をある程度織り込めるとはいえ、結局は新規事業の成功確率は誰にもわからない。ならばリスクを成功時のリターンと対比して判断するより、失敗時に得るものと対比させたほうが現実的である。

では、失敗時に得るものとは何か。それは新規事業にかかわった社員の成長だ。たとえ新規事業が頓挫して撤退することになっても、その経験から社員が何かを学び取り、次に活かしてくれるなら、それは会社にとって財産になる。

新規事業の推進力は「これをやりたい」「これなら売れる」という思いや仮説だ。

ところが、経営層の中心世代である40〜60代は新しいものに対する感度が落ちているため、現場の思いや仮説をなかなか理解できない。

「これからは電子書籍だ」という経営層がいても、手にしているのはたいていKindleで、若者が手にしているのはiPadだ。Kindle世代の経営層が新規事業の意思決定にかかわると、企画が歪んで失敗する確率が高くなり、それでいて社員が得るものも少ない。

経営層は思い切って下の世代に新規事業を託すべきだ。中長期的には人を育てるという視点でマネジメントしたほうが、新規事業から得られるものも大きいはずである。

(早稲田大学ビジネススクール教授 内田和成 構成=村上 敬 撮影=市来朋久)