もしも科学シリーズ(14)もしも反物質を拾ったら


映画「天使と悪魔」では、反物質を用いた爆弾テロが描かれている。実現不能とする意見も多いが、大変興味深い物体だ。



もし反物質入りの容器を拾ったらどうするか? 好奇心に駆られても持ち帰りはお勧めできない。計り知れないエネルギーとガンマ線の恐怖を手にしたことに気づいたら、正気ではいられないだろう。



■物質に恋する反物質



物質を分解すると元素となり、さらに元素を分解すると電子・陽子・中性子に大別される。これらは粒子と呼ばれ、どの元素にも共通の材料となる。水素と酸素はまったく異なる特徴を持つが、違いは粒子の数だけで、同じ材料から作られているのだ。



おもしろいことに、粒子と真逆の性質を持つ反粒子(陽電子・反陽子・反中性子)があり、これを材料にすると、物質とは反対の性質の元素ができ上がる。水素に対して反水素、ヘリウムなら反ヘリウムといった具合だ。これらを総じて反物質と呼ぶ。



反対の性質と聞くと酸とアルカリをイメージするが、性質を打ち消しあって違う物質に変わる中和とは異なり、物質に触れた反物質は、消滅し質量がなくなる。質量保存の法則、つまり燃焼しても蒸発してもなくなるわけではないと教わったのだが、反物質はこの法則を踏み越える。物質と出会った反物質は対(つい)消滅し、エネルギーに変換されるのだ。



1グラムの反物質が放出するエネルギーは何と90兆ジュール!広島型原爆なら約1.4個に相当する。同時に1グラムの物質も消滅するので合わせて180兆ジュールとなり、マグニチュード6.3に匹敵する。過激すぎる曽根崎心中だ。



このエネルギーを日常生活に使うとどうなるか? 水道水を平均20℃、変換効率を80%と仮定すると、40℃・300リットルのお風呂が約570万回(15,592年)、100℃・300ccの即席ラーメンなら14億食まかなえる。火力発電(変換効率50%)に置き換え、1世帯あたりの平均電力消費量を300kWh/月とすると、およそ6,944年分の電気代がタダになる。

ありがとう反物質。わが家の家計は大助かりだ。



反物質を安全に扱うためには保存容器が必要だ。物質製の容器に、物質に触れてはいけないものを入れるのだから構造は複雑である。詳細は科学者に任せるとして、欧州原子核研究所(CERN)の資料を大幅に要約すると、反物質を冷やし、外側にコイルを備えた真空容器に入れ、電場と磁場で閉じ込めておくのが良いそうだ。ただしこの状態でも、うかつにフタを開けてはいけない。空気が混ざり込んでおだぶつだ。



「混ぜるな危険」は、反物質容器にこそ表示すべきだろう。



つぎは対消滅時に発生するガンマ線対策だ。空中を200mほど飛び人体深くまで透過するガンマ線は、DNAを傷つけ死に至らしめる。厚さ2mのコンクリート壁、10cm厚の鉛板で千分の1程度に抑えられるのでこれを使おう。近隣トラブルはぜひとも避けたいので、2〜3重にシールドしておこう。



■反物質エンジンで太陽系脱出



小型・軽量・高出力の三拍子そろった反物質は、大きさ/重さに制約のある宇宙でこそ使うべきだ。反物質エンジンとなると空想の世界に思えるが、NASAの資料にも登場するぐらいだから、さほどデタラメな話ではなさそうだ。



スペースシャトルの打ち上げには、自身よりも大きい外部燃料タンクが必要だったが、反水素ならわずか0.043グラムで済む。火星まで7ヶ月かけて人類を運ぶマーズワン・プロジェクトも、反物質エンジンなら30〜45日に短縮可能という。このとき平均速度は秒速20.1km(45日)〜30.2km(30日)となり、どちらも第三宇宙速度(16.7km/秒)を上回る。自力で太陽系を脱出することすら可能だから、火星を目指している場合ではないのだが。



さて、拾った反物質を使い果たすと、困ったことに反物質は自然界にほとんど存在しない。CERNをまねて直径数十kmの加速器を用意し地道に生成するしかないが、これには天文学的な電力が必要となる。少々古い資料だが、ISAS(宇宙科学研究所)の計算では、1995年の世界の総発電量を用いても、1年間でたった0.000053グラムしか作れないという。



1グラム生成するなら、世界を1万9千年間停電させることになる。1kWh=29.10円(従量電灯B・第3段階料金)で計算すると、電気代はおよそ635垓(がい)円(6,350,775京円)だ。さきのシミュレーションの発電量(2,500kWh)を等価交換しても7.3億円程度だから、赤字にもほどがある。実現化には少し時間がかかるようだ。



■まとめ

もし宇宙人に出会っても握手は控えよう。相手が反物質だったら、あとかたもなく消滅してしまう。まずはお茶など出して、対消滅しないことを確認しよう。



ただし、相手が反物質製と分かったときには、大量のガンマ線を浴びているから結果は大差ない。ならば運を天にまかせ、いきなりハグしてみるのも一興だろう。



(関口 寿/ガリレオワークス)