"あの時期にこの作品がなかったら、今自分は生きていなかったかもしれない。そう考える瞬間が、僕にはあるよ。"

 物語の力を誰よりも信じている作家、辻村深月。2004年のデビューから10年足らずで直木賞を受賞し、映画「ツナグ」が今秋公開です。鋭利なミステリーでデビューした彼女に、もし作家としての転換点があるとするならば。この『凍りのくじら』が重要な一冊となることは間違いないでしょう。

 主人公は高校生の理帆子です。幼い頃に写真家だった父親が失踪し、病床の母を見舞う日々が続きます。父が好きだった藤子・F・不二雄の『ドラえもん』、SF(スコシ・フシギ)になぞらえて、理帆子は人を分類していくようになります。あの子は少し、不安。少し、憤慨。少し、不完全。少し...。

 自立して生きることを余儀なくされて育ったがゆえに、どこか自分の不幸を特別視している主人公。そんな彼女に共感できるのだろうか...などという不安は、次々に出てくるドラえもんの道具によって気付いた時には消えています。

 理帆子の感じているであろう世界に対する息苦しさに飲まれて、一緒に窒息死してしまいそうになる位、息継ぎの必要な勢いのある小説です。

 "だまされる感覚"も辻村作品の魅力のひとつですが、今回も残り30ページで震える奇蹟が起こります。

 早く次のページが読みたい、でも、一度本から顔を上げて息継ぎをしないと胸が一杯で読み進められない..."だまされる"感覚に"救われる"感覚の合わさったこの『凍りのくじら』は、あなたを辻村作品のファンにする1冊になるに違いありません。

 ―青春時代に色んな本を読む中で、自分のために書いてもらったと幸せな勘違いをさせてもらいながら続けてきた読書体験がある。今度は、自分の書いた話に誰かが『自分のため』と幸せな勘違いをしてくれたら、こんなに嬉しいことはない。―

 「ツナグ」で吉川英治文学新人賞を受賞した際の、辻村さんのコメントです。

 出産を経験し、母となった辻村深月が今後どのような作品を送り出していくのか、期待は高まるばかりです。
 



『凍りのくじら (講談社文庫)』
 著者:辻村 深月
 出版社:講談社
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