10月1日、東京駅丸の内駅舎を長い間囲っていたグレーのシートが取り払われ、建設当時の姿に復元された東京駅がお披露目されました。大正時代に生まれた西洋の香りが漂う建造物が、また丸の内オフィス街に舞い戻ってきたのです。披露から1か月が経とうとしている今でも、赤煉瓦が積み上げられた威厳溢れる東京駅を見るために、連日カメラを持った人々が丸の内を埋め尽くしています。関東大震災、第二次世界大戦といった危機を乗り越え、近現代の日本を見守ってきた東京駅の歴史浪漫が多くの人々の心を熱くし、魅了しているのでしょう。

 書籍『東京駅の履歴書』は、2014年で100周年を迎える東京駅の歴史をひも解いたものです。通勤通学、観光客と様々な人々が溢れかえる東京駅。日本の鉄道のシンボルの履歴は、同時に戦後からの復興と発展の歴史としても読み取ることが出来ます。そして、その歴史の中には多くの人たちが知らなかったであろう興味深い事実が隠されていました。

 誰もが当たり前のように口にしている「東京駅」という名前ですが、実は計画・建設当初はそう呼ばれておらず、長らく「中央停車場」と呼ばれていたというのです。ではなぜ「東京駅」という名に改名されたのでしょうか。

 完成当時、駅名を「中央停車場」のままにしておくか、新たな駅名を付けるかで当時の鉄道院では議論が交わされました。そして「日本の鉄道の中心たるこの駅は全国の人に一番わかりやすい名前とすべき」という理由から1人の文書主任が「東京駅」という名を主張しました。もちろん反論もあったようですが、この意見を通しきったことにより、今日の東京駅に至ったのです。文書主任は課長クラスのポストであり、鉄道院という重役たちが集まる場で臆せず主張を貫くのは相当の覚悟と勇気が必要だったと考えられます。しかし彼がこうした行動をとっていなければ、今でも「中央停車場」と呼ばれていた、または別の駅名で呼ばれていたかもしれません。

 東京駅の西洋風煉瓦造は、見る人々にタイムスリップしたかのような感覚を与えてくれます。コンクリートで埋め尽くされたオフィス街に突如現れた大正風情。その歴史が放つ魅力とそこに関わった人々の情熱を本書の中でも感じとれることでしょう。



『東京駅の履歴書―赤煉瓦に刻まれた一世紀 (交通新聞社新書)』
 著者:辻 聡
 出版社:交通新聞社
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