現実を直視しなければならない。日本の存在感は国際社会で薄れている。世界経済フォーラムが発表した「国際競争力レポート2012〜2013」によると、日本は総合順位を前年より1つ下げて10位となった。順位の低下は2年連続だ。

 その根本的な原因は、日本人が「世界で戦える力」を失ってしまったことである。経営コンサルタントの大前研一氏は、再び世界に雄飛する日本人になるために、強い競争力を持つ国々に学ぶべき点が多いと指摘する。

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 日本がグローバル社会で再び戦っていく戦略を考えるには、逆に「なぜ、ここまで落ちぶれてしまったのか」の分析が必要である。

 第一の元凶は文部科学省だ。世界で戦える人材を育てることが急務なのに、文科省はそれがまるでわかっていない。

 これまで日本企業は、研究開発から設計、製造、販売、営業まで全部ワンセットで自社内に抱え、自分のブランドで商品を売るスタイルで発展してきた。

 しかし、いま世界で繁栄しているのは、グーグルのようにネットワークとプラットフォームで稼ぐ会社、アップルのように設計・デザインをするだけで製造しない会社、電子機器の鴻海精密工業や半導体のTSMCのように製造だけを請け負う会社など「単機能型」である。つまり、日本の垂直統合モデルは機能しなくなったのである。

 家電メーカーをはじめとする日本企業が凋落している理由は、その世界の変化に対応できなかったことだ。

 その背景に文科省教育がある。今の教育システムは、従来型の企業に適応する人材しか作れない。たとえば日本の総合大学を見ると、総合メーカーの機能別組織(研究開発、設計、製造、営業など)にそのまま直結するような学部構成になっている。つまり大学は“立派なサラリーマン”を送り出す仕掛けなのである。

 その一方で、「これだけは世界のどこにも負けない」という人材はまず育たない。それゆえ日本人は、国際競争に参入する企業にとっては、人件費は高いのに能力は凡庸な人材ばかりになってしまった。リーダーシップやコミュニケーション能力がカギとなっているが、そうしたことを教える科目はどこを探しても見つからない。

 世界の教育は全く違う。たとえば小さくても国際競争力を維持している国は、自国にとどまっていては国も個人も成長に限界があることをよくわかっているから、世界で戦える力を育てる教育に重点を置いている。

 フィンランド(国際競争力ランキング3位)は、1990年代前半に経済成長率が3年連続でマイナスとなる危機に直面し、失業率が10%台後半まで急上昇した時、教育をガラリと変えた。人口540万人の国の中では未来はないから、世界のどこに行ってもリーダーシップを発揮できる国民を育てようと、幼少期から英語教育とリーダーシップ教育を導入した。

 さらに、富と雇用を創出する企業を増やすため、幼稚園から起業家養成に着手した。その結果、若者が世界にどんどん飛び出して活躍するようになり、経済が活性化して早々と危機を脱した。今やフィンランドの国債格付けはドイツ、オランダ、スイスなどと並んでトリプルAである。

 人口558万人のデンマーク(同12位)も1990年代半ばに教育を大改革した。現実社会で起きる問題の多くは「正解」がないものだから、先生は答えを教えるのではなく、生徒が自分で考え、互いに議論して解決法を見つけるよう導く「教えない」教育に転換したのである。

 風力発電機のヴェスタス、補聴器のデマント、食品添加物のダニスコなど、小さいデンマークに世界シェアトップのグローバル企業が多いのは、このユニークな教育と無縁ではない。

 あるいはスイス(同1位)。この国は言わずと知れた世界一のグローバル人材育成機関だ。国民はドイツ語、フランス語、イタリア語、英語の4か国語を当たり前に話す。しかも、学校がボーディングスクール(寄宿学校)で、世界各地から生徒が集まってくるため、子供の時から多国籍の環境で育つ。

 九州と同じくらいの面積しかない人口787万人の国に、ネスレ、クレディ・スイス、UBS、スウォッチ・グループなどのグローバル企業がひしめいているのは、ひとえに世界で戦える人材が豊富だからである。

※SAPIO2012年11月号